神風特攻隊、出撃。〜『雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ』

■雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ / レジ・オーティエール、ロマン・ユゴー

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ
『ル・グラン・デューク』で第2次世界大戦における戦闘機乗りたちの姿を描き、その精緻な戦闘機の描写で読むものを唸らせたレジ・オーティエール/ロマン・ユゴーによるバンドデシネ作品第2弾である。
『ル・グラン・デューク』は1冊の長編だったが、この『雲の彼方』は連作短編の形を取る。連作短編の中心となる物語はフランス人パイロットのピエールとアメリカ人パイロット・アランとの、友情と対立、その確執を描くものだ。まず冒頭、アンデス山脈で遭難した航空機を、着陸する場所さえないのに主人公が自らの飛行機で救出に向かう、というエピソードに驚かされる。熱い意思を持った命知らずの飛行機乗りたち、彼らのキャラクターを存分に説明する素晴らしいエピソードだ。物語の始まりは第2次大戦前夜の1933年、そこから物語は大戦の暗い影の中に包まれ、主人公たちを翻弄することとなるのだが、この20世紀中葉のレトロ感覚溢れる文化の描写がこれまた魅力的で、その画力の高さにページに魅入ってしまった。
しかし、このBD『雲の彼方』で最も衝撃的であり、臓腑を抉られるような悲劇を描くのは、メインストーリーから外れたところで語られる、日本の神風特攻隊員の物語なのである。まさかBDを読んでいて神風特攻隊の物語に行き当たるとは思わなかったので、まさに度肝を抜かれる思いだった。この短編作品『最後の飛翔』は、一人の特攻隊員がその決して帰れない死の軍務に出征する様に重ね合わせ、残してきた父と家族への手紙の内容が切々と語られる、という作品なのだ。
しかもこの手紙は、特攻隊員として痛ましい死を遂げた実在の人物のものだというではないか。表面上は国家への忠誠と戦争の大義を謳いながらも、しかしその文書の端々には、不条理極まりない自らの運命への慟哭と無念が満ち溢れ、そして愛して止まない家族への思いと、不和だった父との関係への悔恨が書き連ねられているのだ。そんな手紙の内容と平行しながら、描かれるコマの中のグラフィックは主人公の乗るゼロ戦が雲の只中を飛翔し、対空砲火を続ける洋上の敵艦へと次第に近付いて行く…という構成がとられている。
戦慄だった。これには号泣させられた。そして、この作品を可能にしたのは、作者であるレジ・オーティエールとロマン・ユゴーの、戦闘機乗りというものへの、深い愛と同情があったからこそなのだろう。BD恐るべし。

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

雲の彼方 オドゥラ・デ・ニュアージュ

ル・グラン・デューク

ル・グラン・デューク