2人の女性の心の旅路/グラフィック・ノベル『are you listening? アー・ユー・リスニング』

are you listening?  アー・ユー・リスニング / ティリー・ウォルデン (著)、三辺律子 (翻訳)

are you listening? アー・ユー・リスニング

アイズナー賞(ベストグラフィックアルバム賞 2020年)受賞作! 注目の作家 ティリー・ウォルデンが描く、トラウマと悲しみを乗り越えて旅をする2人の女性の物語。 家出をしあてもなく彷徨っていた少女ビーは、自動車修理工のルーと出会う。偶然みつけた迷子の子猫も加わって一緒に旅をすることになった二人。しかしそこに奇妙な出来事が次々と起こりはじめる。不思議な旅をしながら、二人はトラウマと悲しみに向き合っていく―――

アメリカ・ニュージャージー州出身のティリー・ウォルデンによるグラフィック・ノベル、『アー・ユー・リスニング』は二人の女性のロードトリップを描く物語だ。一人は10代の家出少女ビー、もう一人はあてのない旅に出る途中だった20代の女性ルー。二人はそれぞれに自らの現実に疲弊し、「ここではないどこか」を探して彷徨い出てしまった女性たちなのだ。

とはいえこの物語はそういった「ナイーブで感傷的な旅」のみを描いた作品ではなく、実はファンタジー的な仕掛けも為されており、一種独特の深みを持ったものとなっている。このファンタジックな展開そのものに様々な象徴が散りばめられており、彼女らの現実の旅路と幻想の旅路が交差し融合することによって、ひとつの「心の旅路の物語」として完成しているのだ。

二人が旅する道行はそのまま人生の歩みを指している。そして運転のできる成人のルーがまだ18歳で運転の出来ないビーを車に乗せるのは、人生の道行を案内するという意味で、そのビーにルーが運転を教えるというのは生き方のいろはを教えているという意味だ。ビーの運転する車が道路を外れて草原に入ってしまった時に「そのまま走らせて!」と告げるルーの言葉は、「道を外れる事を恐れるな」という意味なのだ。そして道を外れたからこそ、二人は目的地に辿り着くのだ。

「道を外れる」とは、主人公二人が「当たり前とされていることに耐えられない」ということであると同時に、この二人がゲイであるということも指している。「道を外れる」とは、「当たり前の道」だけが道なのではなく、「自分自身の道」、即ちゲイであることを肯定しながら生きるという意味でもあるのだ。

途中登場する迷い猫のダイヤモンドを、ビーは過剰に気にかけ守ろうとする。それは、猫のダイヤモンドが、ビーの心の最も柔らかい部分の象徴であり、同時に、まだ大人になりきれていないビーの未だ目覚めない潜在的な力の象徴だということだ。最初、猫を届けるべき場所に家が無かったのは、ビーがまだ大人になる事を受け入れていなかったという意味に取れる。

猫を奪うために迫り来る怪しげな男たちはそのままルーとビーを覆う剣呑な現実の具象化である。現実は二人を叩き潰そうと道で(すなわち人生の途中で)常に待ち構えている。彼らの所属するらしい組織の名が「道路調査局」と名付けられているのは一つの皮肉だろう。そして彼らは道を外れる者を憎んでおり、だからこそゲイであるルーとビーの存在が疎ましいのだ。

つまりこれは困難な現実を乗り越え、それと戦い、真の自分自身と対面するという成長の物語なのだ。そしてその過程で、掛け替えのない友情を、つまり小さな単位としての社会という居場所を見出すという物語でもあるのだ。

そういった物語以前に目を見張らさせるのは、その美しく鮮やかなグラフィックだ。全編において赤色系を基調としたグラフィックは温かみがあり、その描線は柔らかで親しみやすい。幻想的な描写にしても曖昧なものを描かず明示的であり、何を描こうとしているのかがはっきり伝わってくる。実はこの作品を手にしたのも、「女性二人の旅」という物語性よりも、この美しいグラフィックに魅せられたからだった。この卓越したアートワークと練り込まれたストーリーテリング、二つを併せ持った素晴らしいグラフィックノベルである。是非お勧めしたい。

(画像は出版社作品紹介ページより)