ヴィンランド・サガ (29) /幸村誠
11世紀初頭の北ヨーロッパ及びその周辺を舞台に、ヴァイキングの主人公トルフィンと仲間たちが、約束の地・ヴィンランド(北アメリカ大陸)に入植するまでを描いた歴史漫画である。2005年から描き続けられ、この2025年に単行本29巻でもって完結した。ちなみに主人公のトルフィンは11世紀に実在したと言われるアイスランド商人ソルフィン・ソルザルソンをモデルにしている。
さてこの物語、ヴィンランドに到着したトルフィンが、平和の国を建国するために非戦闘の誓いを頑なに押し通す部分から違和感がぬぐい切れなかった。11世紀の、戦いに明け暮れたヴァイキング族の男が、戦争に塗れた悲惨な世界を憂いて理想主義に走る、という物語は一見美しいが、まずこの時代に有り得ないだろうし、20世紀冷戦後の平和主義を無理矢理この時代に当てはめているようにしか思えなかったのだ。
作者もこの辺りを持て余してしまったのか、無抵抗主義的な平和主義が新たな惨禍を生み結局は戦争と死が繰り返される、というクライマックスを迎えながら、その平和主義は正しかったのかという検証が成されぬまま、新たな希望の旅立ちというラストを持ってきてうやむやになってしまう。じゃあこの物語は結局なんだったということになりはしないか。
タワーダンジョン (5) / 弐瓶勉
弐瓶勉が剣と魔法の世界を描く、迷宮探索ファンタジー第5巻。これまで謎に満ちた迷宮の秘密とおぞましい敵との熾烈な戦いが延々と描かれてきたが、この巻ではちょっと趣向が変わってきた。ほっとするようなコメディタッチのエピソードが盛り込まれているし、剣士アリアデアの秘められた過去が明かされるエピソードも十分に驚かされる。これにより冒険の仲間たちの結束がより固くなるだけでなく、彼らのキャラクターにより愛着を覚えるようになった。それにしても弐瓶勉、この作品でファンになったが、過去の作品を読み返してみても、白っぽく簡略化されたこの作品が一番絵がすぐれているな。
戦車椅子-TANK CHAIR- / やしろ学
“変わってしまった”先生(センセイ)を再び取り戻すため、 鰐口(ワニグチ)を筆頭としたA組は、手段を選ぶことなく、 唯一その方法を導けるであろう凪(ナギ)の捕縛を目指す。物語運びはよくあるサイキックパワー合戦ではあるのだが、この作品の優れた点は荒唐無稽でサイバーパンクな世界観と魅力的なキャラ、それらを十二分に描いたグラフィックの素晴らしさだ。絵の巧い漫画家は山ほどいるだろうが、やしろ学氏のグラフィックは頭一つ抜きんでたセンスの良さがある。
BOOGIE WOOGIE WALTZ (OTOMO THE COMPLETE WORKS 2) / 大友 克洋
大友克洋が20~22歳のころ、1974~1976年にかけて発表した15編の短編漫画作品を発表順に収録した作品集。田舎から出てきたばかりの大友氏は二番館や名画座で沢山の邦画を観ていたという。作者解説でも言及されているが、それらの映画、特にATG映画に影響を受けていると思しき作品が非常に多い。つまり低予算の、ストーリーの暗い文芸映画を思わせる漫画作品ということだ。登場するのもしょぼいチンピラや草臥れたサラリーマン、やさぐれた男子高校生や貧乏フリーターといった連中ばかりで、救いがなく、殺伐とした結末を迎える物語がほとんどだ。そしてどの男もダサく、どの女も不細工に描かれている。昔単行本で読んだときは好きになれなかったが、今改めて読み直してみると、韓国映画的なリアリズムを感じられて結構面白く読めてしまうのだ。そしてこの頃から当然のように絵は巧いのだが、構図の取り方がなにしろ抜群に素晴らしい。これも映画で学習したものなのだろう。
さよならにっぽん (OTOMO THE COMPLETE WORKS 4) / 大友 克洋
1977-1978年にかけ、23-24歳の頃の著者が双葉社の「漫画アクション」誌にて発表した表題作(全5話)と、その前後に発表した短編漫画8篇を収録した作品集。上で紹介した『BOOGIE WOOGIE WALTZ』の作品群を、大友氏は「好きなように描いていた」と述べているが、この『さよならにっぽん』の頃からもっと商業誌であることを意識した作品になってきている。全体的に明るく、コメディタッチの作品も多く、さらにハートウォーミングな人間ドラマまで描かれていて、大友氏が一皮剝けた時期の作品群となるだろう。NYでジタバタする日本人を描く初の連作作品『さよならにっぽん』のドタバタも楽しいが、『GOOD WEATHER』表題作2篇の瑞々しい抒情には改めて驚かされた。そして大友氏はここからさらにさらに進化してゆくのだ。




