汚濁と悪逆に満ちた18世紀スウェーデンを駆け抜ける正義/『1794』

1794/ニクラス・ナット・オ・ダーグ (著)、ヘレンハルメ美穂 (訳)

1794 (小学館文庫)

フランス革命の影響を受け、陰謀と暴力、貧困と死に満ちた1794年のストックホルム。その前年、カリブ海に浮かぶ植民地サン・バルテルミー島での過酷な日々を終えて故国に帰還した若者エリックは、幾多の困難を乗り越え将来を誓い合った娘リネーアと、ついに夫婦となろうとしていた。しかし幸福の絶頂である婚礼の日の夜、エリックは地獄へと突き落とされる。戦場帰りの風紀取締官カルデルと、亡き相棒の弟エーミルは共に深い傷を抱えながらも、人のなりをした怪物の正体を暴くため、暴力と奸計渦巻く北の都を奔走するーー。

スウェーデン作家ニクラス・ナット・オ・ダーグによる『1794』はそのタイトル通り1794年、18世紀のスウェーデンストックホルムを舞台にしたミステリー小説である。その時代、フランス革命の衝撃はヨーロッパ諸国に波及し、遠く北欧に位置するスウェーデンもまた政情不安に揺れていた。汚濁と悪逆が混沌として横行するその地で、おぞましい事件に巻き込まれた人々を救うため奔走する二人の男の姿を描くのがこの物語だ。

なお本書は本国において2018年に刊行された『1793』の続編であり、続く『1795』と併せて3部作となっている。前作『1793』は単体でも読めるが、この『1794』はこれだけで完結しておらず、次作『1795』を含めた「上下巻」のようなつもりで読んだほうがいいかもしれない。ちなみに『1793』を読まずにこの『1794』から読み始めてもいいのか?だが、「読んでおいたほうがいいが読んでいなくても話は理解できる」と言っておこうか。物語の主人公となるのは二人の男、一人は戦場帰りの風紀取締官カルデル、もう一人はひ弱な落ちこぼれ学生エーミルというあまりに対照的なキャラクターだ。カルデルは隻腕に義手をはめた荒くれ者で、喧嘩に明け暮れ生傷だらけの、あたかも凶暴な獣の様な男だ。一方エーミルは神経症を病み幻覚に悩まされ、それが嫌で酒浸りになっているという、廃人に限りなく近い若者である。しかし個々人では人間の屑でしかないこの二人がペアになると「力のカルデルと知恵のエーミル」という完全体となって事件の謎に挑んでいくのである。

今回二人が捜査を依頼されたのは猟奇的な花嫁殺人事件である。事件を追ううちに謎の秘密結社との関わりが浮かび上がってくるが、強固な力を持つ彼らの前で事件解決は困難を極める。それだけではない。舞台となる18世紀末スウェーデンは現代のような民主主義など存在せず、人の命はどこまでも軽く、不衛生極まりない街角には貧困と汚濁と疾病が溢れ、暴力と犯罪は日常茶飯事であり、人々の心は倦み疲れ荒みきっていた。そんな混沌と荒廃が支配する暗黒の街ストックホルムを徹底的に描き切り、その腐臭に満ちたおぞましい世界に迷い込ませることが本作の真のテーマとなるのだ。

実のところ物語的にはプロットのブレが多々あり、思い付きの様な・あるいは他に思いつかなかったのかと思わせるような無駄な展開が幾つか目についた。暗黒の街ストックホルムを演出するため過剰に加虐な展開を持ってこようとしてバランスを崩しているのだ。そういった部分において作者のストーリーテリングの腕にはあまり感心ができなかったが、世界観の創出においては並々ならぬ才覚を感じることができ、これは読む人によって評価は真逆になるだろう。オレ個人はなかなか楽しんで読むことができた。……というわけで完結編である『1795』に続く。