諸星大二郎短編集成 (3) 地下鉄を降りて / 諸星大二郎
諸星大二郎の画業55周年を記念して、短篇作品を執筆年代順に収録する「諸星大二郎短編集成」全12巻が刊行されている。配本は隔月で、この『諸星大二郎短編集成 (3) 地下鉄を降りて』はその第2回配本にあたる(「生物都市」収録の第1集は第12回、つまり最終配本となるらしい)。
本巻には主に1978年から1979年にかけて描かれた14作品が収録されている(ただし表題作「地下鉄を降りて…」のみ1976年執筆)。あとがきによれば、週刊連載をあきらめ、月刊誌などで描いていた時期とのこと。日常の違和感から不条理・異界・神話モチーフまで、諸星大二郎らしい悪夢的でじわじわ効いてくる短編が揃っている。以下、収録作を順に見ていく。
「地下鉄を降りて…」は、一人の男が際限なく増改築され迷宮と化した東京の地下鉄駅を彷徨う不条理ホラー。確かに都心部の地下街は迷宮めいており、今も地下に降りるたびこの物語を思い出してしまう。それだけ強烈な印象を残す作品だ。「遠い国から」は諸星得意の異星訪問譚。茫漠とした荒野とどんよりとした絶望感が堪らない。「商社の赤い花」も荒野の惑星に転属させられたサラリーマンの悲劇を描く。諸星の描く異星も異世界も、どれもが荒野だ。
「コンプレックス・シティ」「広告の町」は架空の荒野の町を訪れる少女ゼビッタものの作品で、諸星の馬鹿馬鹿しいギャグが炸裂するユーモアSF。一方「鯖イバル」は砂漠で遭難した旅行客が巨大な「鯖缶」を発見するというシュールなダジャレ作品。「アリゲーター」は幻のワニに追い回される男のブラックユーモア作。「ブラック・マジック・ウーマン」は、赤羽の4畳半アパートに住んでいたという諸星が妄想を膨らませて描いたと思しきホラーコメディ。
「ヨシコちゃんと首たち」は少女の妄想を絵物語風に語るダークファンタジーで、「不思議の国のアリス」を思わせる不条理さに満ちている。「海の中」は海中を漂う水死体の幻想を描く幻想譚。「子供の遊び」は泥人形めいたグロテスクな生き物と遊ぶ子供たちが次第にその生き物と入れ替わっていくホラー作。日常にじわじわと不安が滲み出しながら、やがてその異様さを当たり前として受け入れてしまう——諸星独特の暗い諦観が凝縮した傑作だ。
「ダオナン」はアフリカの原住民が遭難した異星人と奇妙な交流を結ぶ作品。宇宙人との接触というSFの定番テーマも、受け手がアフリカ原住民であることで受容のあり方がまるで変わる。その視点の転換に優れたSF的知性を感じる。「地獄の戦士」は諸星がサム・ペキンパーばりのガンアクションを目指して描いたというディストピアSF。
「徐福伝説」は約2200年前の秦の時代、始皇帝の命を受け不老不死の霊薬を求めて3000人の童男童女・技術者を率い日本へ渡ったとされる徐福の伝説をもとにした古代幻想譚。『孔子暗黒伝』とも微妙にリンクしており、諸星が得意とする中国伝奇作品として本書随一の読みごたえがある。
全体として、現実と異界の境目が曖昧になる違和感、派手ではないが奇妙に頭にこびりつく不気味さ、神話・伝承・都市風景をモチーフにした夢のような物語が揃っている。一編ごとに雰囲気がガラッと変わるのも魅力だ。本書における代表作を挙げるなら、まず「地下鉄を降りて」の、日常のちょっとした選択が異界へとつながる恐怖。「徐福伝説」の神話的想像力の豊かさ。「遠い国から」の価値観のズレが生む哀愁。そして「子供の遊び」の徐々に崩壊してゆく現実感覚、といったところだろうか。いずれも読後に静かに尾を引く、諸星大二郎ならではの短編集だった。
