肉と金属たちの荒野〜イタリアSF『モンド9 (モンドノーヴェ)』

■モンド9 (モンドノーヴェ) / ダリオ・トナーニ

モンド9 (モンドノーヴェ)

不気味な巨大船〈ロブレド〉を軸に展開される、生物と機械を巡る四つの挿話。機械と生物が境界を越えて、互いを侵食する。機械部品は血肉と混ざり合い、肉体は毒に蝕まれて真鍮に変容していく。機械は毒薬によって死に、機械の命令で巨大な鳥が産んだ卵から生まれるのは機械部品。生物は金属に侵され、機械は生命の営みを行なう。砂の下に潜むのは屑鉄を食する奇妙な植物〈錆喰らい〉、そして勃発する機械と機械の戦い...
アメリカのSF作家ポール・ディ・フィリポ(代表作『The Steampunk Trilogy』)のコメント。「サディスティックで復讐心に満ちた被造物によって支配される人間をこれほどまでに説得力をもって描いたのは、ハーラン・エリスンの短編「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」以来だ」

毒に侵された砂漠の荒野を進む一隻の巨大船、〈ロブレド〉。彼方に見える敵に追われ爆走するその巨大船が座礁する所から物語は始まる。からくも生き残った二人の乗務員が乗り込んだのは、船から独立し自力走行する継手タイヤ、ロブレド用脱出艇。しかしその脱出艇は不可解な技術で作られた肉と金属で出来た「生体機械」であり、そして生物とも非生物ともつかないそのマシンに閉じ込められたまま、二人の乗務員はあたかも地獄のような悪夢の中に取り込まれてゆく…。

物語は4つの章と4つの間奏、エピローグとプロローグで構成される。そこで描かれるのは《モンド9(モンドノーヴェ)》、「世界9」と名付けられたどことも知れぬ遥か遠い惑星の、いつとも知れぬ時代の物語。4つの章はそれぞれ、座礁した船からの危険に満ちた脱出「カルダニカ」、毒に侵された砂漠の上を飛ぶ金属に侵された鳥たちと流浪の親子との異様な闘争「ロブレド」、遺棄船の残骸が形作る島へ機械殺しの使命を帯びて赴く《毒遣い》の姉弟「チャタッラ」、都市となり走行する船が繰り広げる謎めいた機械と機械の戦争「アフリタニア」が描かれる。

肉と金属で出来た、意思疎通不可能の意識を持った機械が地上を走り、肉体を金属化する不気味な毒が大地を覆い、その人を拒む過酷な自然の中で、人々は文明の黄昏ともいえる没落した生活を送っている。その世界がなぜ、どうのように成立し、そこで人々がどのように生きているのか、肉と金属で出来た機械は誰がいつどのようなテクノロジーの元に作られ、それが何故何のために存在しているのか、物語では全く説明されない。高度なバイオテクノロジーが導入されているように見えて"生体船"の動力にはスチームが使われていたり、壁がブリキで出来ていたり、オルゴール式の音声装置があったり、紙に書かれる航海日誌があったり、どこか古めかしい様はスチーム・パンク的ではあるけれども、そこにさらにゴシック的でグロテスクな怪奇が横溢している。

そしてその中で描かれるのは、塚本晋也の映像作品『鉄男』の如き、または諸星大二郎のSFコミック『生物都市』の如き、無機物と有機物の融合であり、その異様な世界に翻弄され蝕まれ虐殺されてゆく人々の姿だ。それらがH・R・ギーガーのシュールレアリズム絵画を思わせるサディズムと、狂気めいた金属へのオブセッションでもって描写されてゆくのだ。

この作品を牽引するのはこうしたどこまでも謎めいた世界と奇怪なイメージの徹底的な奔出であり、読者は訳もわからずその世界に投げ出され、終わりの無い悪夢の中を、恐怖に駆られながら走り抜けるようにこれらの作品を読むこととなる。汚染され尽くされ、死の臭いに満ち、狂気と不条理が支配する謎の世界。しかしこの恐怖は醜くもまたどこまでも魅了される妖しさに満ちている。英米SFとも日本のそれとも似つかない、イタリアSFが成しえた一つの到達点、『モンド9』には心を捕えて離さない異形の荒野が広がっているのだ。

《追記》このレヴューを読んだ作者の方(出版社のほうで翻訳して伝えているらしい)から、ツイッターで感謝のメッセージが届いたよ!嬉しいなあ。

『モンド9』について(『モンド9』「訳者あとがき」から抜粋)/イタリアSF友の会
『モンド9』冒頭部試し読み/イタリアSF友の会
○『Mondo9』ブックトレイラー

モンド9 (モンドノーヴェ)

モンド9 (モンドノーヴェ)