最近読んだSF/『となりのヨンヒさん』『茶匠と探偵』

■となりのヨンヒさん/チョン・ソヨン

f:id:globalhead:20200104115642j:plain

もしも隣人が異星人だったら? もしも並行世界を行き来できたら? もしも私の好きなあの子が、未知のウイルスに侵されてしまったら……? 切なさと温かさ、不可思議と宇宙への憧れを詰め込んだ、韓国SF短編集全15編。 同性愛、フェミニズム、差別と情報統制――マイノリティからのまなざしを受け止めつつ、人々の挫けぬ心を繊細に描く、「いま」と未来の物語。

韓国人作家チョン・ソヨンによるSF短編集 、ということで珍しく思い読んでみたが、これはびっくりするほど面白かった。作品の多くは多分作者の経験や体験をもとに描かれたのであろう実に等身大のもので、そして等身大であるからこそ作者自身のエモーションが端的で瑞々しく伝わってくるのだ。確かにSFアイディアの在り方としては日常の延長線上に「もしもこれが〇〇だったら」という奇想を代入しただけの、分かり易くはあるが単純すぎるものではあるのだが、なぜかそれが一周回って新鮮に感じるのだ。作者の持つこの素直さが、実は作品の魅力となっているのかもしれない。そしてやはり【韓国SF】という立ち位置だ。個々の作品からは韓国社会の一端とその抱える問題が見え隠れし、かの国で生きる事の希望や悲しみをいかようにでも想像することは出来る。しかし作品は決してドメスティックな場所に留まる事はなく、誰もが抱く心情へときちんと普遍化可能なのだ。これは中国系アメリカ人作家ケン・リュウ作品にも通じる事だ。と同時に、この作品集に横溢する「アジアの心情」は、同じアジア人としてすらりと水の如く心に馴染むものを感じる。もちろんこの1冊のみで韓国SF一般を定型的に語ることは不可能だが、しかし韓国SFの素晴らしさはこの1冊で十分に伝わってくる筈だ。

となりのヨンヒさん

となりのヨンヒさん

 

 

■茶匠と探偵/アリエット・ド・ボダール

茶匠と探偵

探偵と元軍鑑の宇宙船がコンビを組み深宇宙での事件を解決する表題作他、異文化に適応しようとした女性が偽りの自分に飲み込まれる「包嚢」、宇宙船を身籠った女性と船の設計士の交流を描く「船を造る者たち」、少女がおとぎ話の真実を知る「竜が太陽から飛びだす時」など、“アジアの宇宙”であるシュヤ宇宙を舞台に紡ぐ全9篇。現代SFの最前線に立つ作家、日本初の短篇集。2019年度ネビュラ賞を受賞した表題作他、ローカス賞・英国SF協会賞受賞作を含む。

ベトナム系フランス人、アリエット・ド・ボダール によるSF短編集。個々の作品は「 シュヤ( Xuya)宇宙」なる世界を舞台にしており、内容自体は独立しているが一つの世界の中で起こる数多の出来事という形になっている。「シュヤ宇宙」というのは国家・文化としてのベトナムが宇宙を席巻する未来世界であり、それによりどの作品の雰囲気もアジア的な文化とアジア的な心情に満ち溢れている。しかし世界観はユニークではあるが、描かれる物語自体は「未来アジアンなムード」ばかりが先行するだけでSFである必然性に乏しく、展開には面白味が皆無だ。そして描かれる「アジア的心情」がどうにもウェット過ぎ、登場人物誰もがいじいじとしていて鬱陶しい。この「ムード先行型SF」はチャイナ・ミエヴィルを思わせるがオレはチャイナ・ミエヴィルが嫌いでな。しかし作品の中心となる「船魂」なる人間機械はアン・マキャフリィの『歌う船』のみならず、そのどこかサディスティックな来歴はコードウェイナー・スミス作品を思わすし、作品では「茶」として呼ばれるドラッグを駆使して深宇宙航法を成し遂げる部分にはフランク・ハーバード『砂の惑星』におけるメランジとの共通点を見出すこともできる。全体的に退屈だったが、「シュヤ宇宙」設定の集大成的中編である表題作はようやく物語の体を成すことに成功しており、これは楽しめた。

茶匠と探偵

茶匠と探偵

 
茶匠と探偵

茶匠と探偵