韓国作家チャン・ガンミョンによる鮮烈なSF短編集『極めて私的な超能力』

極めて私的な超能力/チャン・ガンミョン (著)、吉良 佳奈江 (訳)

極めて私的な超能力 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「自分には予知能力がある、あなたは私とは二度と会えない」手首に傷痕をもつ元カノは、いつか僕にそう言った―とある男女のふとした日常に不思議が射し込む表題作、第二次大戦後にユダヤ自治区ができたアラスカで、ユダヤ人虐殺に関わったアドルフ・アイヒマンを、人の感情を移植できる“体験機械”を利用して裁いた顛末を描く「アラスカのアイヒマン」、カップルの関係持続性を予測するアルゴリズムに翻弄される、近未来のロマンスを描いた「データの時代の愛」などヴァラエティ豊かな全10篇を収録。韓国で多数の文学賞を受賞した気鋭の文芸作家が放つSF作品集。

そういや韓国SFってどうよ?と思ったのである。劉慈欣をはじめとする中国・中華SFは脂の乗った作品が次々に訳されているが、実は韓国SFもこれに負けず訳出されているのだ。なんとなくそれは知っているのだが、オレはそれほど手を出していない。きっとバラエティに富んだ中華の旨味についつい注目しがちになり、ピリッと辛くて肉汁ジュワーな筈の韓国モノにまだ気づいていないだけなのだろうと思う(なんの比喩だ)。

そんな中、遂に「来たよ韓国来たよ!」と大いに盛り上がる韓国SFを手にすることができた。タイトルは『極めて私的な超能力』、短編集となる。作者であるチャン・ガンミョンの名は初めて聞いたが、調べると実は既に日本でも幾つかの作品が紹介されており、さらにそれらは全てがSFというわけではないという。つまりはマルチプレイヤーな作家であり、この短編集もそんなマルチプレイヤーぶりが活かされた、実に多彩な視点で描かれた作品が並んでいる。

収録作は10編、「多彩な視点」と書いたが、扱うテーマが様々であり、そのテイストもそれぞれに違い、ショートショートから中編まで、硬軟取り揃ったバラエティ豊かな短編集となっているのだ。そしてどれもクオリティが高い。なにより、最初危惧していた、オレの苦手な「アジア的なウェットな情緒の発露」が殆ど垣間見えない、というかむしろドライと言ってもいい作風が気に入った。じゃあ内容をザックリ紹介しよう。

例えば「定時に服用してください」「極めて私的な超能力」は清々しい程にふわっと書かれたSF作品だし、「データの時代の愛」ビッグデータアルゴリズムの果てにある恋愛を描くけれども、その筆致はとても都会的で文学的だ。「センサス・コムニス」は黎明期の日本SFを思い出させる社会派SFで、「女神を愛するということ」は意識を持ってしまったゲームのNPCなんて発想が楽しい。「あなた、その川を渡らないで」は古い漢詩を基に終末SFを描く。この辺りは「硬軟」の「軟」の作品かな。

では「硬」のほうに行ってみよう。まずは「アラスカのアイヒマン、これはアラスカに設けられたユダヤ自治区が舞台となる並行世界SFだ。この設定からまずマイケル・シェイボンの名作並行世界SF『ユダヤ警察同盟』 を思い起こさせるが、物語はナチ戦犯アイヒマンに《体験機械》なるテクノロジーで「強制収容所での苦痛と絶望を体験させる」というものなのだ。いわゆる《共感》をテーマにしている部分にP・K・ディック的な視点を感じる。

「あなたは灼熱の星に」は金星探査隊員を苛むグロテスクなまでに行き過ぎた資本主義社会の在り方を描くが、これなどはかつての筒井康隆作品を思わせる。「アルゴル」は破壊的な超能力を持ってしまったばかりに火星衛星軌道に幽閉された超人たちにまつわる陰謀の物語となるが、物語の本質は「面白いネーミング」なのか?とちょっと思ってしまった。

この短編集で最も気に入った作品はアスタチンだ。これは100ページ余りの中編となるが、その内容はロジャー・ゼラズニイの『光の王』やダン・シモンズの『イリアム』『オリュンポス』を彷彿させる神話的な未来世界を舞台にしたニュー・スペースオペラなのだ!物語はこの宇宙世界の支配者アスタチンになるべく、そのクローンたちが血で血を洗うデスゲームを繰り広げるというもの。彼らは皆超テクノロジーによる特殊能力を兼ね備えており、まさに「神々の戦い」ともいえる壮絶な戦闘を繰り広げてゆくことになる。いやこれには魅せられた。この1作だけでこの短編集の価値は底上げされたと言っても過言ではないだろう。これはもう「韓国SF」がどうとかいう括りなんぞどうでもよくなるほどに楽しめた作品だった。

なにしろあまりにバラエティ豊かなので逆にこの作者ならではの特色が掴み難いきらいがあるが、「アスタチン」レベルの煌びやかなSF作品を再び書いてくれたら是非また読んでみたいと思わせてくれた短編集だった。