『爆発星雲の伝説』 ブライアン・W・オールディス


「そういえば、『地球の長い午後』以外のブライアン・W・オールディスの作品ってどうなんだ?」と思ったわけである。
『地球の長い午後』。SF小説は多々読んだが、『地球の長い午後』ほど痺れるほどに想像力の限界に挑戦した作品はそうないだろう(レビュー)。太陽が赤色巨星化しつつある遠未来、地球を支配するのは意志を持ったかのごとく動き回り捕食しあう植物だった。文明は既に消失し、人類は小人のような姿となって植物の襲撃を恐れながら細々と黄昏の時代を生きていた。物語は、この緑の地獄ともいえる世界を生きる、そんな人類たちの姿を描くのだ。オールタイムSFのベスト10を選べと言われたら迷わず入れる名作である。
そんなオールディスの作品だが、この『地球の長い午後』しか読んだことが無い。というわけで古本を探して『爆発星雲の伝説』という短編集を読んでみることにした。するとこれが、実にバラエティに富んだ作品が並ぶ短編集だったのだ。
ざっくりと紹介。「一種の技能」は遠未来の、超科学を持ち、今の人類の概念からはかけ離れた存在となった人間たちの宇宙冒険譚。しかしその器が変わっても孤独や喪失感といった感情からは逃れられない、といった独特の陰鬱さがこの物語のテーマとなる。コードウェイナー・スミスばりのきらびやかな遠未来描写が印象的。
「心臓とエンジン」は終わりなき戦争が行われるいつとも知れぬ未来を舞台に、新薬によって超戦士と化した兵士たちの悲哀を描く。ここで描かれる現実/非現実の認識論的な錯誤は、どこかP・K・ディックを思わせるものもあるが、実はオールディスのほうが早かったのかもしれない。
「恵まれないもの」は宇宙移民として異星に降り立った異星人の不安を描く。これは現実の移民たちの不安をSFに置き換えたものかな、と思わせて最後に皮肉なオチが付いてくる。
「神様ごっこ」はあまりにも異質な異星文化の中で暮らす土着民族を調査しに来た人間たちが出遭うものを描いた短編。アメリカSFを思わす拡張主義的な冒険SFを匂わせながら次第に消えた古代文明の謎に迫ってゆく。これなどはジャック・ヴァンスを血なまぐさくしたかのようなエキゾチシズムに溢れた作品となっている。
「断片」はあたかも言語遊戯のような錯綜した文章がクライマックスまで続くが、最後にその錯綜の理由が明かされる。奇妙に挑戦的な構成はハーラン・エリスン的といえるかもしれない。
表題作である「爆発星雲の伝説」は物質転送機の不具合で未開惑星に実体化された男が、現地に住む異様な知的生物たちをあの手この手で出し抜きながら帰還を果たそうと奮闘する冒険ファンタジーSF。次から次に襲うトラブルをものともせず、知力と運で乗り越えてゆく主人公をユーモラスで生き生きとした文章で描いてゆく。こういった古典に分類されるようなSF作品でもまだまだ全然新鮮に読めることを教えてくれる作品だ。
「ああ、わが麗しの月よ!」は植民惑星で貧しい生活を送る住民たちを巡る陰鬱な物語だ。これもまたディック的な重苦しさがあるが、しかし悲劇的でドラマチックでもあるのだ。
ラスト「讃美歌百番」、ここに来ていよいよ『地球の長い午後』を思わせる稀有壮大な作品の登場だ。遠未来、人類は超物質空間化装置の中に複製されて消滅し、地球の動植物はその装置の余波を受け様々な形に変異して地上を闊歩していた。主人公は巨大化したナマケモノの知性を持った裔であり、彼女は人類の残した音楽の痕跡を探しながら旅を続けていた…というこの物語は、時空が歪み全てが変容した地球を幻想的な筆致で描いてゆくのだ。短編ながらめくるめくようなイメージに溢れた作品であり、この短編集の白眉であると同時に、古今のSF短編のベストに入れてもいいような素晴らしい作品である。

爆発星雲の伝説 (ハヤカワ文庫 SF 364)

爆発星雲の伝説 (ハヤカワ文庫 SF 364)