《未来の文学》最終巻『海の鎖』は粒揃いのSF短編集だった

海の鎖/ガードナー・R・ドゾワ他 (著)、伊藤典夫 (訳)

海の鎖 (未来の文学)

最後の危険なアンソロジーがついに登場! 〈異邦の宇宙船が舞い降りた……何かが起こる、 誰も逃げられない……少年トミーだけは気づいていた〉 破滅SFの傑作として名高い表題作のほか、 日本を代表するSF翻訳家:伊藤典夫が独自の審美眼で精選した全8篇。 これにて〈未来の文学〉シリーズ完結。

国書刊行会のSF叢書《未来の文学》シリーズは2004年の第1回配本からSFファンに大きな注目を浴び話題となっていたアンソロジーだったが、今回配本される『海の鎖』で最終巻になるのだという。

この《未来の文学》シリーズ、オレもSFファンの端くれとして何冊か読んだことはあるのだが、「名作秀作を一堂に会した名アンソロジー」というよりは、「マニア好みの癖の強い作品を集めたエキセントリックなアンソロジー」といった内容の作品ばかりだったように思う。まあそこは「国書」だし。この辺りについては放克犬博士さん (id:funkenstein)のはてなブログ記事が大いに詳しい。ここで放克犬博士さんも書いておられるが、〈変〉な作品が多いのだ。だからこそ惹きつけられる作品もあったが、途中で投げ出してしまった作品、最後まで「???」な作品も多かった。オレは《未来の文学》シリーズ最高の成果はサミュエル・R・ディレイニーの『ダールグレン』を訳出したことだと思っているが、それはあの作品が名作だからではなく「よくもあれを訳して商品として流通させる気になったな」と唖然としたからである。ちなみ一応上下巻読破したがオレには相当つまらなかった……。

そういった意味ではオレはあまり《未来の文学》シリーズの良い読者ではなかった。これはオレが《未来の文学》シリーズの基調となるニューウェーヴSFにそれほど思い入れが無かったこともあるのだろう(放克犬博士さんスイマセン)。

そんな《未来の文学》シリーズ最終巻はベテラン中のベテランSF翻訳家・伊藤典夫氏によるSFアンソロジーとなる。それも、伊藤氏自身が見出し、自らが訳した膨大な作品の中から厳選したものばかりであるという。伊藤氏による(または名を冠した)アンソロジーはこれまでもあれこれ出版されているが、これが「国書」ともなると、当然一筋縄ではいかないだろう。

そして実際読み終えてみると、これがもう「今までどこで寝かされていたんだ?」と思ってしまうような素晴らしい作品、臓腑を抉るような作品の連打で、伊藤氏の選択眼の確かさに大いに唸らされることになった。まさにこれこそが《未来の文学》の名にし負う作品群であり、《未来の文学》シリーズの掉尾を飾る堂々たるアンソロジーとして完成していると断言していいだろう。SF恐るべし、と再確認させられたほどだ。収録作は全8作、1952年から1985年までに執筆された若干古い作品が並ぶことになるが、だからこそ逆に「最近のSFのトレンド」に染まっていない、力のある作品が多く感じた。

それぞれの作品をざっくり紹介しよう。アラン・E・ナース「偽態」は金星から持ち帰った謎の生命体の「偽態」を扱うが、古臭さこそ感じるもののP・K・ディックに通じるパラノイアックな疑心暗鬼の様が実にマイルド。

レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」は冷戦体制下に舞い込んだエイリアン・テクノロジーの取り扱いを巡る虚々実々の駆け引きを描き、当時の冷え冷えとした緊張感がダイレクトに伝わってくる。

ブライアン・オールディスリトルボーイ再び」原子爆弾リトルボーイにまつわるある祭典を描くが、訳された当時小松左京矢野徹が激怒したという超問題作。いやあ、やっちゃったなー、しかしこれこそが「国書」だよなあ!

フィリップ・ホセ・ファーマーキング・コング堕ちてのち」は映画「キングコング」は実話だった!?という観点から描かれた作品で、奇妙な可笑し味と悲しみが同居する秀作。

M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」、来ましたよ来ましたよ!「月の裏側で発見された”神”」により変貌した地球が舞台となるこの作品は、SFエスピオナージュの体裁を取りながら謎めいた不可知の世界を表出させ、暗く陰鬱な物語展開がひたすら重い傑作だった。いやーコレは凄かった。

ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」は地球に降り立った異星人とのファーストコンタクトを描きつつ、その異星人をTVのバラエティショウに出演させちゃう!?というハチャメチャ作。重めの作品が並ぶ今アンソロジーの清涼剤(?)といったところか。

フレデリック・ポール「フェルミと冬」は全面核戦争と核の冬を描く直球のアポカリプスSFだが、逆に今ではお目にかかれないこの直球ぶりが胸にズシンと来る。個人的には最近観た映画『グリーンランド 地球最後の2日間』との類似性を多々感じた。1986年ヒューゴー賞受賞作。

ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」、ラストを飾るこの作品は異星人の侵略を一人の少年の視点から描く作品だ。ある日地球に降り立った3隻の宇宙船は地球人の呼びかけに一切答えず沈黙している。それと別に描かれるのは、人間以外の”何かの存在”を感知するという少年の、鬱々とした日々だ。この二つがどう結びつくのか、そしてタイトル「海の鎖」とは何か。刻々と破滅の予兆を匂わせながら人類の命運を描くこの物語は、少年の救いのない日々とリンクしながら恐るべき結末へと突き進んでゆく。もはや素晴らしいの一言、SFファンなら是非読んでほしい。 

収録作品:

アラン・E・ナース「偽態」

レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」

ブライアン・オールディスリトルボーイ再び」

フィリップ・ホセ・ファーマーキング・コング堕ちてのち」

M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」

ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」

フレデリック・ポール「フェルミと冬」

ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」