それは謎のSFだったッ!?/『中国・アメリカ 謎SF』

中国・アメリカ 謎SF /柴田 元幸 (編集, 翻訳), 小島 敬太 (編集, 翻訳) 

中国・アメリカ 謎SF

謎マシン、謎世界コンタクト、謎の眠り―。朗読劇『銀河鉄道の夜』で10年にわたって共演し、文学的感性が共鳴しあう柴田元幸と小島敬太が贈る魅惑の〈謎SF〉アンソロジー。 中国・広州に活動拠点を移した小島は、SFブームに沸く中国に滞在中に買いあさり読みあさってきた中から、柴田はアメリカの現代文学最前線をさらに掘り進め、選りすぐりの面白いSF作品を披露しあう。 知性が閃き、弾けるユーモア、謎めいた想像力が漂い出る、本邦初の書籍化・全7作品の共演! 現実世界では、政治的には手を繫ぐ関係ではない中国とアメリカだが、〈謎SF〉のもとでは呼応しあうと同時に、明確な違いも見えてくる。 現代中国とアメリカの作家たちが描く未来像から、逆に照らし出される21世紀とは。 巻末に柴田と小島の対談を付す。

 『中国・アメリカ 謎SF』である。タイトルから想像するに、中国とアメリカの謎のSFを収録したアンソロジーらしい(ってそのまんまやないか)。謎SF。それはいったいなんなのであろうか。謎SFの謎を解明するため、我々はボルネオの秘境へと旅立ったのである(旅立たない)。

それにしても「謎SF」。これはもうタイトルの勝利としか言いようがない。SFであるというだけで既に奇々怪々なのものであろうことは明々白々であろうに、さらにそれに「謎」と念押しするのである。面妖である。珍妙である。これはもう読んで確かめる以外に術はないではないか。

さて冗談はさておき、編者による「まえがき」によると、持ち寄った作品に何が共通しているのか?を考えた時に「何らかの大きな謎に触れようとしている作品、着想・設定・着地点などがどこか謎めいている作品」であることから「謎SF」というタイトルに落ち着いたのらしい。しかもそれらの作品の作者は、日本でほぼ未紹介の作家だというではないか。これは確かに面白そうだ。

しかも編者の一人である柴田元幸氏はこれまで『どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集』『夜の姉妹団』『いずれは死ぬ身』といった素晴らしいアンソロジーを組まれた「カリスマ翻訳家」と異名を持つ方であり(どれも読み応えたっぷりです)期待は大いに高まる。

まず冒頭、中国作家ShakeSpace(遥控)「マーおばさん」からして奇妙な作品である。コンピューターのチューリングテストを引き受けた男が知ったある真実を描くが、この「真実」の内容が既に「!?!?」なのである。いや、こんなSF読んだことないわ。ここからもうこのアンソロジーに引き込まれる。

続いてインド系アメリカ人作家ヴァンダナ・シン「曖昧機械―試験問題」。これもなんとも形容し難いお話で、時間と空間、存在と非存在の狭間を描いたとでも言えばいいのだろうか。ある意味ボルヘス的な迷宮世界を表出させていると言ってもいいかもしれない。謎だ、これはとても謎な話だ。

「焼肉プラネット」梁清散。来た。遂に来た。謎の謎たる所以の謎SFが。この『焼肉プラネット』、謎の惑星に不時着した宇宙船から出てきた男が見たものは、地表を埋め尽くす「生きた焼肉」だったッ!?というトンデモないお話なのだ!いやそれにしたって「生きた焼肉」って。分からない。もう分からない。全ては謎だ、謎なんだ!

「深海巨大症」ブリジェット・チャオ・クラーキン。これは「シー・マンク」なる謎の海棲生物を探す為に潜水艦で海に潜った男女の、その心の行き違いというか痴話喧嘩の行方を描いたものなのだが、徹底的な閉塞感と冷めた諦観の描き方、それに呼応する形の謎生物、といったテーマがスリップストリーム文学*1していて、要するに大いに謎めいているのだ。

「改良人類」王諾諾コールドスリープにより600年後の未来に目覚めた男が見たのは完璧な「素晴らしき新世界」だったが……という物語。遺伝子デザインされた人類の未来を描くこの作品は映画『ガタカ』のさらにその先を見ていると言っていいだろう。そこには社会的閉塞感とアナーキズムとの狭間が垣間見える。

「降下物」マデリン・キアリンはタイムマシンにより500年後の未来に行った女性が見る事になる核戦争後の世界を描く。世界は終わっている、というより、ずっと終わっていたし、これからも終わり続ける、といった希望の無さと、「深海巨大症」と同様の淡々とした諦観に包まれた物語で、これもスリップストリームの味わいがある。

そしてラスト「猫が夜中に集まる理由」王諾諾。「猫は何故夜集会を開くのか」という大いなる謎に「シュレデンガーの猫」が関わってくるという奇想に満ちた話で、ラストに相応しいキュートな作品となっている。「改良人類」と同じ王諾諾の作品だが、なぜこのアンソロジーに同作者の2つの作品が収録されたか納得の出来栄え、というか王諾諾の作品集を読みたくなってくること確実の珠玉作。だから、次に王諾諾作品集を出しなさい白水社さん。 

全体に共通しているのは、現代中国とアメリカの、若い作家たちによる、それぞれに時代感覚に満ち溢れた作品ばかりであるといった点であろう。SF的なテクノロジーを扱いながらもそれらからどこか一歩引いた態度であり、閉塞感と諦観が同時に存在しつつ、それが今まさに「リアル」である世界でどう希望を捨てずに生きていくのかが模索されているのがこれら作品ではないか(「焼肉プラネット」は知らんけど)。なにしろどれも非常に新鮮であり、アンソロジーとしても大成功だと思う。 

中国・アメリカ 謎SF

中国・アメリカ 謎SF

  • 発売日: 2021/01/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

*1:SFやファンタジーなどの非主流文学や、主流(メインストリーム)文学(純文学)といった型にはまったジャンルの境界を越えた、一種の幻想文学もしくは非現実的な文学のことである。伴流文学、変流文学、境界解体文学とも言われる