中国SFアンソロジー『中国史SF短篇集-移動迷宮』を読んだ

国史SF短篇集-移動迷宮 / 大恵 和実 (編・訳)、上原 かおり (訳)、大久保 洋子 (訳)、立原 透耶 (訳)、林 久之 (訳)

中国史SF短篇集-移動迷宮 (単行本)

孔子は時空を越え、諸葛亮孔明はコーヒーの栽培に成功し、マカートニー伯爵は乾隆帝の迷宮に閉じ込められ、魯迅は故郷でH・G・ウェルズのタイムマシンに出くわす――悠久の中国史を舞台に、今もっとも勢いのある中国の作家7人が想像力の限りを尽くした超豪華短篇集

例によって中国SFが活況である。劉慈欣『三体』シリーズの第3部完結編が翻訳され、日本でケン・リュウ短編作品がタイトル『Arc アーク』として映画化され、それぞれに話題を呼んでいる。

オレはケン・リュウ作品に衝撃を受けて以来できる限り中国SF翻訳小説を追いかけてきたが、そのどれもが充実した内容であり、その奥深い世界に魅せられてきた。中国SFには欧米や日本のSFとはまた違う味わいがあり感触があり、その新鮮さが中国SFの醍醐味と言えるだろう。中国SF自体は古くから存在していたが、実際作品数が増えブームとなって一般に受け入れられるようになってきたのは中国の改革開放政策後の1990年代からであり、それによる若々しさと勢いが中国SFにはある。また、経済的に豊かになったことによるテクノロジー志向と未来への興味、それらが中国SFの後押しになっているだろうことは想像に難くない。

(念のために書くと「中国SF」は中国本土の作家によるSFであり、中国にルーツを持つ作家が他国で書いたものが「中華SF」となる。だから正確にはケン・リュウは「中華SF」となる)

そんな中刊行されたのがこの『中国史SF短編集ー移動迷宮』である。これまでケン・リュウによる現代中国SFアンソロジー、 立原透耶・編による『時のきざはし 現代中華SF傑作選』、柴田 元幸/小島 敬太・編集翻訳による『中国・アメリカ 謎SF』などの優れた中国SFアンソロジーが出版されてきたが、このアンソロジーはタイトルが示すように「中国史」に関わるSFを編集したものだという。中国と言えば「中国4000年の歴史」などという常套句があるほどに世界的に見ても非常に古い歴史を持つ国であり、そんな悠久の中国史を題材にしたSFとなればこれはもう相当に面白そうではないか。

……とはいえ、オレ自身は中国史に暗く、そもそも世界史にも暗い(なんとなれば日本史も!)という胡乱な人間であり、そんなオレにも楽しめるのだろうか……という若干の危惧があった。しかし実際読んでみると、オレの如き無学の徒でも十分に楽しめる、奥深く含蓄のある作品ばかりが並んでいた(ホッ)。

作品数は8作、それは春秋戦国時代(前8世紀~前3世紀)から始まり、3世紀の三国時代、608年の洛陽、18世紀の巨大帝国・清、中華民国の成立した20世紀、大日本帝国の侵略に揺れる1938年の上海、さらに始原から未来へと時空を超えた中国を舞台とする作品が並ぶ。いやもうホント、こうして書くだけで「なんかスゴくないかこのアンソロジー!?」と思わせるではないか。このように今アンソロジーは古い時代から新しい時代へと中国史を刷新する形で作品が並べられており、それもまた一興である。

ざっくり収録作を紹介しよう。孔子、泰山に登る」孔子が泰山の仙界を旅するが、この「仙界」とは実は未来人の興したものであったというSF作品で、諸星大二郎作品を思わせる内容は諸星ファンとして大いに楽しむことができた。「南方に嘉蘇あり」は3世紀中国に嘉蘇=コーヒーが輸入され大流行!?という「歴史のif」を描いたものだが、あまりに巧妙に書かれているために途中までずっと史実が書かれていると思ったほどだった!

 「陥落の前に」は陥落した洛陽に幽霊や巨大骸骨が闊歩するファンタジー作品で、山尾悠子を思わせる硬質な幻想性を湛えた世界が現出するが、オレ山尾悠子苦手なのでこの作品もちょっと苦手だった。「移動迷宮 The Maze Runner」は清を訪れた英国使節団が乾隆帝の宮殿に設えられた迷宮に迷うという物語で、SF味は若干薄いものの、舞台となる清朝離宮円明園」は以前読んだ中野美代子作による小説『カスティリオーネの庭』の舞台ともなった場所であり、思わず「おお!」と叫んでしまった。

「広寒生のあるいは短き一生」清朝末期を舞台に、過去に書かれた「月の様子を詳細に描いた小説」を巡る謎を追う男の物語。詳細な史実を並べながらそこにフッとフィクショナルな事象が差し挟まれる「歴史考証SF」だ。「時の祝福」H・G・ウェルズのタイムマシンが実在する世界で、それを手にした男が中国の歴史を改変しようとする物語。実は魯迅の作品を下敷きとしており、SFアイディア自体は至極オーソドックスながら、この時代の中国の歴史性の在り方が一味違う旨味を感じさせる作品となっている。

 「一九三八年上海の記憶」大日本帝国占領下の上海租界を舞台に、「別の時間軸」へ旅立つことのできる「レコード(映像メディア)」が密かに流行するという物語。「現実逃避」がテーマとなった本作は全編において当時の暗い時代性と厭世観が横溢し、優れた文学性を感じさせる。アンソロジー掉尾を飾る「永夏の夢」は時間旅行者の女と永遠の命を持つ男との時空を超えた因縁とすれ違いを描いた壮大な作品。中国のあらゆる時代に出会いまた離別する男女の物語は気の遠くなるようなスケールを持ち、その理由が明かされるラストがまた素晴らしい。

また本書には巻末に編者解説として「中国史SF迷宮案内」が収められ、中国SFと中国史SFの丁寧な解説を読むことができる。

《作品紹介》

孔子、泰山に登る(飛氘 著/上原かおり 訳)

南方に嘉蘇あり(馬伯庸 著/大恵和実 訳)

陥落の前に(程婧波 著/林 久之 訳)

移動迷宮 The Maze Runner(飛氘 著/上原かおり 訳)

広寒生のあるいは短き一生(梁清散 著/大恵和実 訳)

時の祝福(宝樹 著/大久保洋子 訳)

一九三八年上海の記憶(韓松 著/林 久之 訳)

永夏の夢(夏笳 著/立原透耶 訳)