劉慈欣のSF短編集『老神介護』を読んだ

老神介護/劉慈欣(著)、大森望(訳)、古市雅子(訳)

老神介護 (角川書店単行本)

SF超大作『三体』シリーズでSF界を席巻した劉慈欣の最新短編集。昨日紹介した『流浪地球』に続き今日は『老神介護』を紹介。

『老神介護』に収録の作品は全5作、同時発売の『流浪地球』が宇宙進出や異星人との遭遇を描く作品が多かったのに比べ、この『老神介護』では「地球の歴史、地球の内側」に目を向けた作品が多く感じた。では作品をざっくり紹介。

  • 「老神介護」……突如地球にやってきた宇宙船の大群から降り立ったのはかつて人類を創造し、そして今人類に介護を求めてやってきた神々だった!?この神々、すっかり老いぼれてボケまくっているもんだから人類に邪険にされイジメに遭う、という情けない展開が気の毒ながら大いに笑えてしまう。後半は一転、銀河を駆ける神々の煌びやかな描写の壮大さに劉慈欣SFの醍醐味を感じた。ケン・リュウの中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』に「神様の介護係」のタイトルで重訳されていた作品を中国語から新たに訳出。
  • 「扶養人類」……「老神介護」の続編だが前作と打って変わってこちらは中国闇社会を中心として描くハードノワール作品となる。それにしても劉慈欣、ノワールを書いてもイケるとは驚かされる。テーマとしては侵略SFとなるが、あちこちに『三体』の片鱗が伺われる。同時にこの作品は劉慈欣が短編に頻繁に用いたがる「(中国の)貧困と格差」がもう一つのテーマとなっている。それにしても引き出し広いな劉慈欣。
  • 白亜紀往事」……知能を持った蟻と恐竜が共存し高次元の文明を築き上げて2000年、その社会は瓦解の危機を迎えていた。隠された地球の歴史を描いた作品だが、というよりも劉慈欣の蟻好きが高じて描き上げられた作品という気がしてならない。どうやら長編化した作品もあるようだ。
  • 「彼女の眼を連れて」……見知らぬ女性の為に大自然の情景を写す小型モニターを持ち歩く男の話。劉慈欣にしてロマンチックな物語だが、女性の正体というのが想像もつかない事情が隠されていて驚かされる。なんでも中国の国語の教科書に採用された作品らしい。
  • 「地球大砲」……同時発売の短編集『流浪地球』は「地球を宇宙船にして飛ばしちゃえ!」という話だったが、こちらは「中国から南極まで一直線のトンネルを掘っちゃうよ!」というお話だ。奇想天外というか稀有壮大というか、どちらにしろ馬鹿馬鹿しい発想ではあるが、劉慈欣はそれに科学的な考証(実現不可能なものも含め)を加えることでSF的醍醐味とリアリティを導き出すことを可能にしているのだ。同時にこの作品は短編集『円』収録の作品「地火」に通じる「地底開発SF」であり、『流浪地球』収録の「山」にもそのアイディアが持ち込まれるが、これも蟻と同様、劉慈欣の「地底への執着」が伺われるという部分で面白い。著者の父親が炭鉱労働者だったという経緯もそこにあるのだろう。それは同時に、そんな父親の背中を見て育った著者の、ひとつの人生観なり社会観が反映したものだとも言えはしないだろうか。