中華SF小説の新たなる収穫・『時のきざはし 現代中華SF傑作選』を読んだ

■時のきざはし 現代中華SF傑作選 / 立原透耶・編

時のきざはし 現代中華SF傑作選

本邦における中華SF紹介の第一人者たる立原透耶氏が、数多ある短編作品から十七篇の傑作を厳選。 劉慈欣と並び「中国SF四天王」と称される王晋康、韓松、何夕の三大家をはじめ、台湾SF界の長老・黄海から、ハードSFの江波、詩情に満ちた作風の潘海天、清朝スチームパンクの梁清散ら中堅・ベテラン作家、日本でもおなじみの陸秋槎、さらには糖匪、昼温ら、若手・女性作家の作品までを収録。全編本邦初訳。 表題作「時のきざはし」は、ここ数年次々と大きな賞を獲得している期待の新鋭、滕野の代表作のひとつ。 個性豊かな物語の紡ぎ手十七名による、多彩な現代中華SFを、存分にお楽しみください。

今、SFといえば中華SFである(オレ以外誰もそう思っていないかもしれないが)。なにより新鮮で、勢いがある。 多少の粗さがあったとしても、その勢いで許せてしまう。中華SFのパイオニアといえば中国系アメリカ人のケン・リュウだが、それを後押ししたのが『三体』シリーズの劉慈欣ということになるだろう。そして彼らのみならず、他の作家による中華SF作品は少しずつリリースされるようになってきた。

この『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は作家であり中華圏SFの紹介をライフワークにされているという立原透耶が、満を持して送る中華SFアンソロジーだ。「中華SFアンソロジー」というとケン・リュウにより編集された『折りたたみ北京』『月の光』という傑作アンソロジーがあるが、それらとはまた異なる趣の芳醇な中華SFがここには収められている。だから、「ネームバリューのあるケン・リュウ版だけ押さえておけば足りるんじゃない?」などと思わず是非このアンソロジーにも挑んでほしい。

この『時のきざはし』では「中国SF四天王」と呼ばれる4人のうち劉慈欣を除く王晋康、韓松、何夕の作品、台湾SF作家・黄海の作品、さらに中堅・新進気鋭、そして多くの女性作家の作品、合わせて17作が収められている。実に網羅的にセレクトされた、中国SFスターターガイドとしても良心的なものとなっている。扱うSFジャンルも多岐に渡り、ハードSFから異星人、仮想歴史、時間旅行、テクノスリラー、ファンタジイ風味のものから諧謔に満ちた作品まで色とりどりだ。ショウケイスとしてこれほど懇切丁寧なものもないだろう。

ケン・リュウ版とどう違うか?というなら、ケン・リュウのそれは中国系アメリカ人としてアメリカのSFファンに同胞のSF作品を矜持を持って紹介しようとしたもののように思える。さらに『月の光』序文では「中国SFの代表的な作品を集めるという意図はないこと、つまり、いわゆるベスト選集を編もうとしたのではない」といったことがあらかじめ告げられている。網羅的なものではなく私的に楽しめたものを優先したということなのだ。 

一方、立原透耶は一人の熱烈なSFファンとして発見した、まだ知られぬSF作品を日本人SFファンに紹介したいという思いがあり、そしてそれがたまたま(編者が言語として得意とする)中国SFであったということなのではないかと思う。つまり両者において「中国」「SF」の力点が違うのではないかと思うのだ。それが両者のアンソロジーの性格の違いとなって現れているように感じた。どちらがいいか、と言うことではない。要は、どちらであろうと、面白いSFが読めれば大歓迎ということではないか。

それとこれは記述がないんでちゃんと確認したわけではないが、ケン・リュウ版はケン・リュウが中国語を英語に翻訳した版を日本でさらに翻訳したもので、『時のきざはし』は中国語に堪能な日本人翻訳者が中国語から訳したものなのではないか。その部分で、原文のニュアンスがより伝わりやすいものになっているのではないか(あくまで想像でモノを言ってるのだが)。

ざっくり作品を紹介。まずオープニング、「太陽に別れを告げる日」 江波「異域」 何夕「鯨座を見た人」 糖匪あたりはまだウォーミングアップといった感じだ。しかしここで気を抜いていると「沈黙の音節」 昼温でいきなりジャブを食らう。なんと「音響SF」という特異なジャンルなのだ。続いて、日本でも人気を博す中国人ミステリ作家・陸秋槎「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」の、 「ナチスにかかわった架空のSF戯曲家」という設定に度肝を抜かれる。そして傑作SF『荒潮』の翻訳もある陳楸帆「勝利のV」 のサイバーSFですっかり目が釘付けとなるのだ。

VR空間を扱う「七重のSHELL」 王晋康辺りでアンソロジーは波に乗りまくる。「宇宙八景瘋者戯」 黄海はお下劣な雰囲気も漂う諧謔宇宙SF!ふざけてる!「済南の大凧」 梁清散は歴史の闇に埋もれた架空の科学技術者の謎を追うスリリングな作品。「プラチナの結婚指輪」 凌晨、対異星人コミュニケーションを扱った作品だが、中国の世情もこめられた切ない物語は強烈に心に残るだろう。異星人SF「超過出産ゲリラ」 双翅目は難民異星人の心情と特異な生態を瑞々しく描く。

「地下鉄の驚くべき変容」 韓松は「止まらない地下鉄」を描く不条理SFだが後半の展開に驚嘆させられる!「人骨笛」 吴霜はファンタジックな味わいの幽玄な作品。「餓塔」 潘海天、うおお、なんだこの情け容赦ない展開は!?「ものがたるロボット」 飛氘は「千一夜物語」とレムのロボットシリーズを合体させたような逸品。「落言」 靚霊、これも異星人とのコンタクトを描く作品だが、そこに親子の情をきめ細やかに描き出し、胸を打つ作品となっている。そしてラスト、アンソロジータイトルにもなっている「時のきざはし」 滕野。 これは時間SFだが、「こんな切り口があったのか!」と驚かされた。悠久の時を次々と経巡ってゆくその物語は、かつての小松左京SFを思わせる強烈なSFの醍醐味に満ちていて、流石と唸らせる傑作だった。

【収録作品】
「太陽に別れを告げる日」 江波
「異域」 何夕
「鯨座を見た人」 糖匪
「沈黙の音節」 昼温
「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」 陸秋槎
「勝利のV」 陳楸帆
「七重のSHELL」 王晋康
「宇宙八景瘋者戯」 黄海
「済南の大凧」 梁清散 
「プラチナの結婚指輪」 凌晨
「超過出産ゲリラ」 双翅目 
「地下鉄の驚くべき変容」 韓松
「人骨笛」 吴霜
「餓塔」 潘海天
「ものがたるロボット」 飛氘
「落言」 靚霊 
「時のきざはし」 滕野