ケン・リュウ最新短編集『宇宙の春』を読んだ

宇宙の春 / ケン リュウ (著)、古沢 嘉通 (訳)

宇宙の春 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

わたしは秋に生まれた。いま、宇宙は真冬だ――死に絶え、そしてまた生まれ変わる宇宙の変遷を四季の変化に見立てて描いた表題作、3人の女性が力を合わせて悪に立ち向かう、『三国志』を大胆に換骨奪胎したシスターフッド×メタモルフォーゼ冒険譚「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」、過去を覗き見ることを可能にした発見がもたらしたものとは……ヒューゴー賞&ネビュラ賞候補作「歴史を終わらせた男――ドキュメンタリー」など、10作品を収録。『三体』翻訳者/中国SF紹介者としても知られる、現代アメリカSFのトップランナーリュウの魅力が味わえる日本オリジナル短篇集第4弾。

中華SFの第一人者、ケン・リュウの日本独自編集による最新短編集。結構短編集出してるよなあ、と思ったらこれが4冊目となるのらしい。なにしろ最初に紹介された『紙の動物園』が実に素晴らしかった。ケン・リュウ作品は中国系アメリカ人としての独自の視点と独特の立ち位置を持ち、欧米SFとはまた違ったアプローチが垣間見えるといった部分で新鮮に感じていた。また、積極的に中華・中文SFを紹介し、米国においてあの『三体』を翻訳したり、多くの優れた中華SFアンソロジーを編纂している部分でも目の離せない作家だ。

さてこの『宇宙の春』は2020年に刊行された本国版短編集の中からまだ未訳だった6篇、さらに短編集『生まれ変わり』以降の作品から3篇、そして2011年に書かれ未訳だった1篇の計10篇が収録されている。 若干落ち穂拾い的な作品も目立つが、これまで割と直球に「SF」あるいは「ファンタジー」な作品が多く紹介されていたケン・リュウの、別の、あるいは新しい方向性を感じさせる物語が多く見られるように感じた。

まず冒頭、『宇宙の春』は肉体を捨てデータ人格化した人類が宇宙の永劫の時を経巡るという稀有壮大なお話。宇宙の生生流転を四季で表現するなんざ実に華やかじゃないか。『灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹』は『三国志』を換骨奪胎したというケン・リュウお得意の冒険ファンタジー作品。動物化女子が大活躍というのは「けもフレ」の影響、ということはよもやあるまい。古生代で考後を過ごしましょう』はタイトル通りの内容の軽めの掌編。『切り取り』は「踊るタイポグラフィってのを一回やってみたかった!」といった風情の実験作。

『メッセージ』は「そんなSF映画なかったっけ?」と思うかもしれないが勿論別物。初めて対面する娘と共に異星の遺跡調査を行う男が遭遇するある事件を描くが、最初ギクシャクしていた親子関係が徐々にほぐれてゆく描写はベタではあるがなかなか悪くない。『充実した時間』はロボット製作企業に勤めだした主人公がソリューショニズムに憑りつかれて次第に「魔法使いの弟子」みたいな騒動を巻き起こしてしまう、という物語。業績を上げるためにどんどん目が三角になってゆく主人公の姿は、滑稽でありつつもなんだか気の毒。

特筆すべきはまず『ブックセイヴァ』。これ、ウェブ小説の「不適切な表現」を「正しい表現」に「修正」するプラグインを巡り喧々諤々の議論が巻き起こるというもの。自分の見たいものしか見ないタコツボ化したSNSと通じるものがあるよな。『思いと祈り』では亡くなった肉親の追悼Webページに対する執拗な荒らし行為と、その対策として導入されるテクノロジーとの不毛ないたちごっこを描くが、これなどは実に今日的過ぎて殺伐とした気分にさせられる。以前読んだ『中国・SF・革命』という短編集に収録されていたケン・リュウ作品『トラストレス』でもこんな「10分後の未来」とでもいうべき卑近でリアルなテクノロジーを扱っていたが、最近はこういった作風にシフトしてきているのだろうか。

問題作と思えるのはマクスウェルの悪魔『歴史を終わらせた男-ドキュメンタリー』だ。どちらも太平洋戦争時の大日本帝国の在り方が中心的なテーマとなっているのだ。マクスウェルの悪魔では沖縄戦が描かれるが、タイトルにある「マクスウェルの悪魔」のSFアイディアと沖縄戦とに必然的な関連を感じない。また『歴史を終わらせた男-ドキュメンタリー』で扱われるのは悪名高い731部隊だが、これと「粒子もつれを利用したタイムトラベルによる歴史検証」にもやはり必然的な関連を感じないのだ。むしろこれらの作品はケン・リュウの太平洋戦争に対する問題意識をSFの形を借りて言及しているもののように感じる。太平洋戦争を扱ったケン・リュウ作品は『太平洋横断海底トンネル小史』などもあったが、太平洋戦争時における中国/日本の陰惨な歴史的事実に、中国系アメリカ人としての立場から思う部分が多大にあることをうかがわせる作品となっている。

 ケン・リュウ短編集レヴュー 

 ケン・リュウ短編集書籍
宇宙の春 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
 
紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

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もののあはれ (ケン・リュウ短篇傑作集2)

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母の記憶に (ケン・リュウ短篇傑作集3)

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草を結びて環を銜えん (ケン・リュウ短篇傑作集4)