最先端技術の進歩はどこに行き着くのか?/SFアンソロジー『フォワード 未来を視る6つの物語』

フォワード 未来を視る6つのSF/ ブレイク・クラウチ

フォワード 未来を視る6つのSF (ハヤカワ文庫SF)

科学技術の行き着く未来を六人の作家が描く。クラウチ人間性をゲーム開発者の視点から議論し、ジェミシンはヒューゴー賞受賞作で地球潜入ミッションの顛末を語り、ロスは滅亡直前の世界に残る者の思いを綴る。トールズが子に遺伝子操作する親の葛藤を描き、トレンブレイが記憶と自意識の限界を問いかければ、ウィアーが量子物理学でカジノに挑む方法を軽妙に披露する。珠玉の書き下ろしSFアンソロジー

フォワード 未来を視る6つの物語』は『ダーク・マター』『ウェイワード―背反者たち―』で知られるアメリカ人作家ブレイク・クラウチによって編集されたSFアンソロジーだ。アンディ・ウィアーを始めとする気鋭のSF作家6人の短篇が収録され、そのテーマは「最先端技術の進歩はどこに行き着くのか?」というものだ。とはいえこのテーマそのものがSF文学に課せられたものの一つであるから、ざっくりしていると言えば言えるのだが、収録作品が粒揃いでなかなかに楽しめるアンソロジーとして完成していた。では収録作品を紹介。

「夏の霜」ブレイク・クラウチが扱うのは「自意識を持ったAI」。映画『フリー・ガイ』のように始まった物語はテッド・チャン中編「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」の展開をなぞりながらも恐るべき急展開を見せる。斬新さは無いもののこれらの組み合わせの妙で読ませる作品だった。

「エマージェンシー・スキン」N・K・ジェミシンは壊滅に瀕した地球を逃れ新たな惑星でコロニーを興した集団から派遣された男が地球を再訪したが……という物語。実はこのコロニー集団というのが優性思想に凝り固まったカルトで、その歪んだ思想と「地球で見たもの」との齟齬が大いに笑わせる作品となっている。

「方舟」ベロニカ・ロスは隕石衝突により滅亡間近な地球から脱出する船に載せるため生命体の遺伝子サンプルを集める者たちのお話。これはちょっとエモすぎて好みじゃなかった。

「目的地に到着しました」エイモア・トールズは遺伝子操作によるデザイナーズ・ベビーを扱う企業が登場する。この企業ではビッグデータを駆使しその赤ん坊の具体的な未来まで予測するのだ。ある意味これもオルダス・ハクスリー『すばらしき新世界』から連綿と扱われるテーマだが、中盤からのあまりに人間臭い展開に大いに引き込まれた。科学技術の発展だけじゃなく、きちんと「人間」を描こうとした部分に作品の魅力があり、そここそが「未来の文学」としてのSFの醍醐味なのではないか。

「最後の会話」ポール・トレンブレイは「ここはどこ?私は誰?」から始まる『プロジェクト・ヘイル・メアリー』冒頭を思わす物語。主人公はアンと名乗る女性からどこかでなにかの”治療”を受けているらしいのだが、ずっとそれが何なのかは明らかにされず、そのミステリーで最後まで引っ張ってゆく。すぐに真相が分からないように曖昧な会話が続くのは焦ったいが、それでもこういった構造の物語は最後まで気になって読んでしまうね。

「乱数ジェネレーター」アンディ・ウィアーはカジノの乱数発生システムに量子コンピューターが導入されるが……という物語。ワンアイディアのストレートなSF作品だが展開がすぐ読めてしまう部分が惜しい。

総じて、SFモチーフとして特に斬新なものを持ち込んでいるわけではないが、逆に馴染みの深いテーマを用いながら展開にひねりを入れることで、楽しめるSFエンターティンメント作品として完成した作品が並ぶことになった。