インヴェンション・オブ・サウンド / チャック・パラニューク(著)、池田真紀子(訳)
「全世界の人々が同時に発する悲鳴」の録音を目指すハリウッドの音響技師ミッツィ、児童ポルノサイトで行方不明の娘を探し続けるフォスター。2人の狂妄が陰謀の国アメリカに最悪の事件を起こす――『ファイト・クラブ』の著者が2020年代の世界へと捧げる爆弾
アメリカの小説家チャック・パラニュークは映画『ファイト・クラブ』の原作者だと言えば大概の方はお分かりになるだろう。原作は読んでいないのだが、あの映画の痺れるような暴力性は強烈に記憶に焼き付いている。その後パラニュークの作品は何作か読んだのだが、ここしばらく翻訳が途絶えていてどうしたのかと思っていた所、ようやく届けられたのが本国では2020年に出版されたパラニュークの最新作『インヴェンション・オブ・サウンド』だ。
物語の主人公となるのは二人の男女。一人は17年前幼い娘が行方不明になってしまった男ゲイツ・フォスター。彼は娘が小児性愛者の餌食になったと思い込みダークウェブの小児性愛サイトに張り付き血眼になって犯人を探している。同時に生きていれば成人になっている娘とそっくりの女をエスコートサイトから選び出し娘の記憶を叩き込んで擬似親子デートを繰り返していた。
もう一人はハリウッドで「究極の音響素材」を売り込み業界最高の成功を収めている音響効果技師の女ミッツィ・アイヴス。彼女の製作する「究極の音響素材」とは聴く者誰もが吐き気を催すほどに迫真的な「断末魔の絶叫」だった。しかし私生活における彼女は酒と薬とマゾヒスティックなセックスに溺れる心を病んだ女だった。
心に深い傷を負った男フォスターと途方もなく心が病んでしまった女ミッツィ。娘を失った悲しみに自暴自棄となり破滅への道をひた進むフォスター。謎めいた行動を繰り返しながら次第に恐るべき正体を露わにしてゆくミッツィ。物語はこの二人の行動を交互に描きながら仕掛けられた謎のヴェールを一枚一枚と剥いでゆき、遂に二人が出会うとき劇薬同士の化学反応のような大爆発を起こすのだ。
こうした物語の中にもパラニュークお得意の「現実世界の些末で微細なデータ」があたかも標本箱の中の昆虫の如く展翅されてゆく。それらデータはただ現実の剥き出しの在り様を無機的に無感情に羅列したものに過ぎない。この冷ややかな酷薄さこそがパラニューク作品の真骨頂であり最高の魅力となる部分だろう。登場人物たちは酷薄な世界に痛めつけられ歪み切った情念を抱えながら溺れた犬のようにもがき苦しむ。歪んでいて救いようがなくてそして切ない。
しかしこれもパラニューク小説の習性なのだが、エキセントリックな人物とエキセントリックな設定を持ち込みながら物語はそれに依拠し過ぎるばかりに途中から消化不良を起こしてしまう。今作でも中盤に大規模なカタストロフを持ち込むのだがそれがどうにも荒唐無稽に過ぎここまで培ってきたリアリティが放り出され物語が失速してしまう部分が惜しく感じた。とはいえこういった瑕疵を抱えつつも作品の提示する異様なヴィジョンは決して悪くない。なんといってもこれはパラニュークの新作だ。その癖になりそうな悪夢めいた蠱惑を楽しもうではないか。
参考:チャック・パラニュークで読んだ本の感想