不撓不屈。〜映画『オデッセイ』

■オデッセイ (監督:リドリー・スコット 2015年アメリカ映画)


有人火星探査ミッション中死亡したとみなされ、ただ一人火星に取り残された男が、残り少ない資材とあらん限りの科学知識でもって生存を賭けた戦いを開始する。地球からの救援までに男は生き残ることができるのか。映画『オデッセイ』は、火星版ロビンソン・クルーソーとでもいうべきSFサバイバル・ドラマである(もういい加減「DASH村」っていうのは勘弁してくれないか?)。原作はアンディ・ウィアーのSF小説『火星の人』。この小説のことは以前「"生き延びろ!"火星にただ一人残された宇宙飛行士の究極のサバイバルを描く『火星の人』は今年のナンバーワンSF小説ってことでいいと思う。 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ」としてオレのブログで紹介したが、なにしろ痛快極まりないサバイバルSF作品なので是非読んでいただきたい。
物語に通底するのは絶望的な状況の中における主人公マーク(マット・デイモン)の徹底して前向きな態度と諧謔精神、たとえどんな失敗や困難があってもそれをどんなことをしてでも乗り越えようとする強固な体力、精神力だ。ただし火星という人間の生存に適さない土地で生き残るには体力と精神力だけではどうにもならない。それを可能にしたのはマークの該博な科学知識だ。主人公は火星探査施設に残されたありとあらゆる機材、さらには廃棄物(要するにウンコ)まで使い、それをパズルのように組み合わせることで生存に必要な物資を作り上げてゆく。つまりこの物語は、体力、精神力、知力、その3つを最大限まで駆使して己の生存を可能に導く、という離れ業の様を堪能するドラマでもあるのだ。
ただしやはりそれだけでも足りない。限られた資材だけではどうあがこうとも長期間火星に滞在することはできない。そんな彼を資材の無くなるタイムリミットまでに火星から救い出さなければならない。こうして物語では地球側の不可能に近い救出ミッションが展開する様も描かれる。どのように急ピッチでロケットを建造し火星へと発射しても数百日の時間を要する。しかしそれでは全く時間が足りない。それではどうすればいいのか。こうして地球側でも恐るべき試行錯誤と膨大な労力が救出ミッションにつぎ込まれることになる。その多くは不眠不休の長時間労働である。いやあ、人命の掛かった国家プロジェクトであるとはいえ、とんでもないデスマーチだったんだろうなあ…と関係者各位の甚大な労力には涙と同情を禁じ得ない。
さらにもうひとつの要素として、火星からの帰路にあった宇宙船ヘルメスのクルーの物語が加わる。死亡したものとされてたとはいえ、主人公を火星に残してきてしまった火星探査クルーたちの無念と後悔、そんな彼が生きていたと知った時の彼らの複雑極まる心境。火星に取り残されたマークとそれを救うべく尽力する地球側の「なにがなんでも(生存と救出を)やり遂げなければならない」という命題は、もはや感情などを通り越した部分で遂行されてゆくのだけれども、その部分で欠けたエモーショナルな部分を、このヘルメス・クルーが補う形となるのだ。一度見捨ててしまった仲間を、今度は絶対に、見捨てない。失敗すればクルー全員の死とも繋がるミッションへとクルーたちは挑む。ある意味一番心情的に寄り添うことのできるのはこのヘルメス・クルーであり、なんといっても船長であるメリッサ・ルイス准将(ジェシカ・チャステイン)の決意の様にだろう。
こうした物語を通して感じたのは、原作の感想でも書いたけれども、アメリカという国とその国民性の持つ、不撓不屈の精神であり、いつも前向きであらんとする態度だ。常に挑戦者たらんとする気概、古くから存在する開拓精神と為せば成ると信じる楽観性、これら「アメリカ的」ともいえる精神がこの物語には十二分に横溢している。それらは悪しきアメリカ覇権主義と表裏一体となっていて、決して手放しで絶賛できるものではないのだけれども、しかし映画『オデッセイ』には、少なくともアメリカの持つ素晴らしい側面があらん限りに詰め込まれている。そこにはかつて誰もが憧れたアメリカがあり、誰もが信じたアメリカがある。そういった「楽観と肯定性に溢れたアメリカ」を今一度描いたドラマとしてもこの作品は評価できると思う。
さて映画として観るなら監督リドリー・スコットの手腕はどうだったろう。リドリー・スコットといえば十年一日の如く『エイリアン』の、『ブレードランナー』の、と思ってしまう部分もあるが、現在までのキャリアでみるなら、そこそこに豪華な映像を表出することが可能で、どんなテーマの物語でも手堅いヒットを生み出す、しかしどちらかというと作家性の薄い職人監督と言ったほうが正しいのではないか。要するにそつが無く、かといって熱狂的に支持されることもない監督ということだ。リドリー・スコットはこの『オデッセイ』でも原作の要素を巧みに抽出し、映画的に盛り上げるべき部分は独自の脚色を加えているが、職人技の仇が祟りエンターティンメントとして提供できる以上の興奮、言うなれば魂に重く響く何かまでは手が届かない部分だけは若干残念に感じた。まあそれにしたところでこの『オデッセイ』は彼の得意とするSFジャンルであった故に、今年度を代表する作品となることは変わりないだろう。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

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火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人

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