『火星の人』アンディー・ウィアーによる新作長編SF『アルテミス』

■アルテミス (上)(下) / アンディー・ウィアー

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF) アルテミス(下) (ハヤカワ文庫SF)

人類初の月面都市アルテミス―直径500メートルのスペースに建造された5つのドームに2000人の住民が生活するこの都市で、合法/非合法の品物を運ぶポーターとして暮らす女性ジャズ・バシャラは、大物実業家のトロンドから謎の仕事の依頼を受ける。それは都市の未来を左右する陰謀へと繋がっていた…。『火星の人』で極限状態のサバイバルを描いた作者が、舞台を月に移してハリウッド映画さながらの展開で描く第二作。(上巻作品紹介)
ジャズがトロンドから依頼された仕事は、企業買収が絡んだ破壊工作だった。普段の運び屋仕事と違う内容に戸惑うジャズ。だが、彼女は破格の報酬に目がくらみ、仕事を引き受ける。溶接工を父にもち、自らも船外活動の心得があるジャズは、友人の凄腕科学者スヴォボダの助けを借り、ドーム外での死と隣り合わせの作業計画を練っていく。地球の6分の1の重力下での不可能ミッションを描く、傑作サスペンスSF。(下巻作品紹介)

マット・デイモン主演のサバイバルSF映画『オデッセイ』の原作、『火星の人』を書いたアンディー・ウィアーの新作長編SFがいよいよ発売だ。タイトルは『アルテミス』、今度の舞台は2000人の人々が暮らす月面ドームである。

時代は22世紀間近、月面ドーム「アルテミス」は地球の富裕層の観光地として建築され運営されていた。主人公ジャズはここで合法/非合法の"運び屋"を営む26歳の女性。ある日彼女はここで暮らす実業家トロンドからあるヤバイ仕事を請け負うことになる。それが後にアルテミス全てを巻き込む大パニックを生み出すとは知らずに。

というわけでアンディー・ウィアー期待の新作なんだが、これが『火星の人』と同等に若々しい筆致と軽いフットワークで描かれた、非常に心憎い傑作だった。

まず読ませるのが「月面で2000人の住人が暮らす」為に必要な、考え得るあらゆる可能なテクノロジーを列挙し応用し、さらにそこで働き生活する人々の社会生活・経済生活の在り方を現実的に考察し、それにより非常にリアルで迫真的な「月面生活」の様子を描き出していることだろう。この『アルテミス』を読んでいると、明日からでも月面で生活できるのではないかとすら思えてしまうほどだ。

さて物語はどうだろう。今作の主人公ジャズは”密輸稼業”という微妙にアンモラルな仕事に手を染めている女性だ。とはいえそれは悪事というよりも限りなくグレイに近い小遣い稼ぎに過ぎず、そしてそれは五月蠅い父親から自立するためどうしてもお金が必要だったからという理由がある。しかし物語が進むにつれ彼女は「限りなくブラックで危険な大仕事」に手を染めることになり、それにより月面ドーム「アルテミス」は大きな危機に至ってしまうことになるのだ。

『火星の人』の主人公マークが"火星有人探査船ミッションの隊員"というある意味知的エリートであり、アメリカの持つ不撓不屈の精神を代表するタフな精神性を持った男であったのと比べると、『アルテミス』のジャズは一般市民でありしかも"落ちこぼれ"であり、犯罪に手を出してしまう軽はずみな女性だ。エリートではなくパンクなのだ。しかし彼女がどうにも憎めないのは私腹を肥やす為ではなく生活に困窮しているが故の已むに已まれぬ行為であり、さらにその背後には自己実現への強い希求があるということだろう。これは『火星の人』と正反対のキャラクターを描くということの作者なりの挑戦でもあったのだろう。

しかし『アルテミス』には『火星の人』と共通する部分もある。『火星の人』マークが自らの持つあらゆる科学知識を総動員することによってサバイバルを成し得てゆく男だったように、『アルテミス』のジャズは月面世界で仕事し生活してしてゆくために得たあらゆる知識と技術を総動員してヤバイ仕事を、そしてそれが招いたアルテミスの危機を救う手段を考え抜き行動しようとするのだ。知識、技術、行動力、そして決して諦めない楽観性。これが『アルテミス』と『火星の人』の共通する部分だ。

こうして『アルテミス』は『火星の人』と差別化を図り新しい展開を見せながらも、作者ならではの前向きさという部分で共通し読んで安心できる優れたSF作として完成している。個人的に一つ難を上げると女性主人公を意識したのか訳文が時々「ですます調」になる部分だ。10代の少女ならまだしも26歳にもなる大人で、おまけにパンクな女性なのなら少々そぐわないのではないかと感じた。それはさておきこの作品も映画化決定というから、どんな作品になるのか今から楽しみである。

《アルテミス:文庫版》 

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
アルテミス(下) (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

《アルテミス:Kindle版》

アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス 上 (ハヤカワ文庫SF)

 
アルテミス 下 (ハヤカワ文庫SF)

アルテミス 下 (ハヤカワ文庫SF)

 

《火星の人》  

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

《映画:オデッセイ》