スパイダー・ノワール(Amazon Prime video)(監督:ハリー・ブラッドビアーほか 2026年アメリカ製作)

1930年代ニューヨーク。かつて街の唯一のスーパーヒーロー「ザ・スパイダー」として活躍したベン・ライリー(ニコラス・ケイジ)は、今や冴えない私立探偵として日々を過ごしていた。平凡な依頼を端緒に、ギャング、怪物、謎のファム・ファタールが彼を過去の影へと引きずり込む。失われた力と贖罪の物語が、ノワール調の闇の中で展開する。
この作品の最大の魅力は、なんと言ってもニコラス・ケイジの熱演にある。アメコミ好きの彼にとって、これはまさに当たり役。オッサン版スパイダーマンという設定に全身全霊を注ぎ、哀愁たっぷりの表情、荒んだユーモア、爆発的な怒りまでを完璧に体現していて、胸を打った。ティーンエイジャーではなく中年ヒーローという点に、強く感情移入してしまった。
脇を固めるキャストも全員がはまり役で素晴らしい。探偵社の秘書、記者、謎の女など、それぞれが個性的に輝き、物語を豊かに彩っている。そして何より、当時の時代を濃密に感じさせるレトロなセットと衣装が秀逸だ。1930年代の街並みやファッション、モノクロとカラーをお好みで選択できるユニークさが、瞬時に物語世界へと引き込んでくれる。
ストーリーはオールドスタイルのハードボイルドを丁寧になぞっている。草臥れた探偵、冷酷なギャングとその手下、薄幸の情婦の切ない過去、警察と悪の癒着、禁酒法時代の空気感といった定番要素が、コミックというジャンルの様式美を意識的に引用する媒体だからこそ、紋切型であることが逆に親しみやすさとして機能する。それにより、ただのヒーローものとは一線を画した大人のノワールエンターテイメントに仕上がっていた。
かつての力を失いながら責任だけを抱えて生きる男の葛藤と再生が、全編を通じて胸に染みる。スーパーヒーロー映画の新しい味わい方を見せてくれた一作だ。ぜひこの老いた蜘蛛の闇にどっぷり浸ってみてほしい。
グッド・オーメンズ シーズン3(Amazon Prime video)(監督:レイチェル・タラレイ 2026年英米合作)

シーズン1で世界の終わりを阻止した天使アジラフェル(マイケル・シーン)と悪魔クロウリー(デヴィッド・テナント)が、シーズン2のすれ違いを経て最終章へ。究極の大天使となったアジラフェルが「第二の来臨」計画の混乱に直面し、クロウリーに助けを求める。原作はニール・ゲイマン&故テリー・プラチェットの傑作小説。
シーズン3が始まったと喜び勇んで観始めたのに、なんとこれは1話だけのリミテッドストーリー。第1話なのにタイトルが「グランド・フィナーレ」と表示されていて妙に気になっていたが、まさか本当に最終回だったとは。それもシーズン1・2をひっくるめた「グッド・オーメンズ」全体の締めくくりであるだけでなく、地球も宇宙も最終章を迎えてしまうような荒唐無稽かつ破天荒な大展開。よくぞこんな力業でまとめてみせたと、思わず感嘆した。
見どころはもちろんマイケル・シーンとデヴィッド・テナントの息の合った掛け合いだ。長年かけて培われた化学反応が最高潮に達し、再会シーンからクライマックスのやり取りまで、笑いと切なさが交互に押し寄せてくる。原作者ゲイマンはセクハラ問題により制作から離脱した(それがこのシーズン3が1話のみだった理由らしい)が、二人の演技力が物語をしっかり支えており、その不在を感じさせない。
これでお別れは寂しい。しかし90分という尺に押し込んだとは思えないほど、主人公二人の結末は清々しく、温かい気持ちで見送ることができた。長い時間をかけてここまで丁寧に描かれてきた二人の関係が、ラストで過不足なく着地する。それだけで十分だった。