ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス / フランチェスコ・ヴァルソ(著)、フランチェスカ・T・バルビニ(編)、中村融他 (訳)
隆起するギリシャSFの世界へようこそ。 あなたは生活のために水没した都市に潜り働くひとびとを見る(「ローズウィード」)。風光明媚な島を訪れれば観光客を人造人間たちが歓迎しているだろう(「われらが仕える者」)。ひと休みしたいときはアバコス社の製剤をどうぞ(「アバコス」)。高き山の上に登れば原因不明の病を解明しようと奮闘する研究者たちがいる(「いにしえの疾病」)。
輝きだした新たなる星たちがあなたの前に降臨する。 あなたは物語のなかに迷い込んだときに感じるはずだ――。 隆盛を見せるギリシャSFの第一歩を。
実はSF作品でここ数年注目しているのは非英語圏SFジャンルである。ポーランドのレムやロシアのストロガツキー兄弟など既にすっかりお馴染みの作家はさておき、昨今話題となっている劉慈欣の『三体』シリーズを代表する中国・中華圏SFの熱気はすっかり周知となっているだろう。とはいえそれだけではなく、例えばイスラエルSF短編集『シオンズ・フィクション』やチェコSFを集めた『チェコSF短編小説集』『同 2』などの短編集は、その国独特の特徴を持つ、英米SFとはまた違う感触のSF作品が集められ、SFの原初的な愉しみさえ感じさせるのだ。
そんな中今回刊行されたのが『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』である。『シオンズ・フィクション』と同じ竹書房から出されたものだが、それにしてもギリシャとは、これまたニッチなところを突いてくるなあと感心させられた。序文によるとなんでも世界初のSFは2世紀に著されたルキアノスの『本当の話』という作品だ、などと書かれていて、なんだかワクワクさせられるではないか。そして実際読んでみるとこれが、想像以上の良作が並ぶ素晴らしいSFアンソロジーだった。
作品の多くは近未来のギリシャを舞台としたものだ。それらは「気候変動、経済危機、移民/難民問題といったギリシャの現状が色濃く反映(あとがきより)」された内容だが、実はこれらはそのまま現在の地球と世界が抱える普遍的な問題でもあるのだ。そういった部分で非常に生々しく迫真的なSF作品集として完成しているのである。
これまで読んだ非英語圏SF作品ではその国ならではの歴史を下敷きに持つフォークロア的な作品もちらほら見かけたが、この『ノヴァ・ヘラス』ではそれが全く存在せず、あくまで今日的な危機感でもって描かれた作品が並ぶのだ。ただしこれは、このアンソロジー自体が「未来のアテネを想像しよう」という企画から編纂されたものらしく、そういった部分で同傾向の作品が並ぶ結果となったとも言えるのだが、「荒廃と暗鬱の近未来」で固められたトータルイメージはなかなかに凄みがある。
作品をざっくり紹介。「ローズウィード」は潮位上昇により水没した街が舞台となり、「社会工学」ではARが街中を覆い、「人間都市アテネ」では官僚主義が遍く支配する世界で都市繁栄に奉仕する人間たちを皮肉に描き、「バグダット・スクエア」では複数のVR世界の重なるギリシャが表出する。「蜜蜂問題」は環境破壊による蜜蜂減少とそれによる植物交配の危機を背景としながらそこに移民問題が影を投げかけ、「T2」は社会格差とデザイナーズ遺伝子の問題を混ぜたブラックな作品。「われらが仕える者」はアンドロイドAIのないがしろにされた権利を哀感を込めて描き、「アバコス」は食にまつわる画期的な薬品が登場する。「いにしえの疾病(やまい)」はある恐ろしい病を描くがこれは読んですぐネタが分かっちゃうな。「アンドロイド娼婦は涙を流せない」は全体主義国家、アンドロイド、”虐殺市場”と呼ばれる異様な場所が描かれるが少々とっちらかってしまったかな。「わたしを規定する色」は近未来戦争により”色”を見ることができなくなった人類、というアイディアが独特だがこれもちょっと観念的。
【収録作】
はじめに:ディミトラ・ニコライドウ
ローズウィード:ヴァッソ・フリストウ
社会工学:コスタス・ハリトス
バグダット・スクエア:ミカリス・マノリオス
蜜蜂問題:イアニス・パパドプルス&スタマティス・スタマトプルス
T2:ケリー・セオドラコプル
われらが仕える者:エヴゲニア・トリアンダフィル
アバコス:リオ・テオドル
いにしえの疾病(やまい):ディミトラ・ニコライドウ
アンドロイド娼婦は涙を流せない:ナタリア・テオドリドゥ
わたしを規定する色:スタマティス・スタマトプロス
寄稿者紹介
訳者(代表)あとがき:中村融