『2000年代海外SF傑作選』を読んだ。

2000年代海外SF傑作選 /橋本輝幸・編

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

独特の青を追求する謎めいた芸術家へのインタビューを描きNetflixでも映像化させたレナルズ「ジーマ・ブルー」、東西冷戦をSFパロディ化したストロス「コールダー・ウォー」、炭鉱業界の革命のすえ起こったできごとを活写する劉慈欣「地火」、破滅SFにインターネットへの希望と祈りを込めたドクトロウ「シスアドが世界を支配するとき」…2000年代に発表された名作SF短篇9作品を精選したオリジナル・アンソロジー

ハヤカワが久しぶりに「XX年代SF傑作選」を出すらしい。ハヤカワはこれまでも『80年代SF傑作選』や『90年代SF傑作選』を出版していたが、「00年代」の出版が無いまま早18年。おーい今までなにやってたんだハヤカワ!?

出版の経緯や作品などについては編者である橋本輝幸氏のコメントも含めこちらにあるのでご参考に。

しかし18年振り……以前出た「80年代」や「90年代」は多分読んでいるような気がするがまるで記憶の外である。印象に残らなかった、というのではなく、18年というのはその位の年数なのである。

とはいえその間、ハヤカワは『SFマガジン700』や 『SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー』といったSFアンソロジーを出していたので、これらとの重複を避けるといった意味で「00年代」の刊行をペンディングにしていたとも思われる。「なにやってたんだ」と書いてしまったが、ちゃんと「なんかやってた」のである。

とまあそういう訳でやっと『2000年代SF傑作選』に触れるわけだが、全体的な感想を最初に書くと「00年代もとっくに過ぎてから他のアンソロジーに収録されていない鮮度の高い作品をセレクトするのは難しかったのかなー」という印象だった。このアンソロジーの中でどれが既訳でどれが初訳なのかは把握していないが(まあだいたいSFマガジンで訳されているような気がするが)、「この作家でこの作品?」などというのが幾つかはあったからだ。

作品はそれぞれに面白く読めたのだが、しかし「XX年代SF傑作選」というタイトルであるなら、それなりに楽しめる作品ではなく「ベスト・オブ・ベスト」な作品を期待してしまうではないか。決して悪いアンソロジーではないのだが、先鋭さに乏しく、「小粒でピリリと辛い作品」は多いのだが「臓腑を抉られる傑作」が今一つ足りない。その点で食い足りなさが残ってしまった。

比べるのは申し訳ないのだが、ハヤカワから2010年に刊行されたアンソロジー『スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)』や今年出版された『シオンズ・フイクション イスラエルSF傑作選』のほうが遥かにワクワクさせられる作品が並んでいたと思う。

 いや、だから決して悪いアンソロジーじゃないんで、SF好きなら読んで間違いがないんだけどね。なので、12月に刊行される『2010年代SF傑作選』に期待と言った所かなあ。

では作品毎にザックリ感想などを。 

「ミセス・ゼノンのパラドックス/エレン・クレイジャズ」は短いながらラファティ的な可笑しみのこもった掌編。「懐かしき主人の声/ハンヌ・ライアニエミ」の知性化動物SFは動物好きなら大いに盛り上がる事だろう!ポストサイバーパンクな味わいも大変よい。これは好きだった。「第二人称現在形/ダリル・グレゴリイ」はちょっと理屈っぽ過ぎる様な気がする。「地火/劉慈欣」はあの『三体』の作者によるいわゆる工学SFといったところだが、SF的醍醐味は薄い。

「シスアドが世界を支配するとき/コリイ・ドクトロウは世界終焉のその日、データセンターに立て篭もったシスアドたちが世界再建のために奮戦する話で、ナードな雰囲気がGOODであった。これもオレ的に好きな作品。「コールダー・ウォー/チャールズ・ストロスクトゥルー+スパイSF!これも非常に楽しめたのだが、ストロスはこの路線の『残虐行為記録保管所』があり、また読めて嬉しかったのと別の路線のを読みたかったのと半々の感想。「可能性はゼロじゃない/N・K・ジェミシン」、これも掌編ながら小気味いい作品。ただ、悪くはないんだが〈破壊された地球3部作〉連続ヒューゴー賞受賞作家の作品だから入れてあるような気もするんだよなあ。

そして「暗黒整数/グレッグ・イーガン!短編「ルミナス」の続編だが、「コンピューターの計算だけで別の宇宙を滅ぼしてしまう」という展開やその「別の宇宙」というのが「この宇宙と違う数学体形で成り立っている宇宙」というSF的アイディアがなにしろ凄い。「整数のルールに従わない整数=暗黒整数」という奇抜さにも唸らされる。物語はサイバーSF+終末SFといったものだが、前作よりもはるかにダイナミック。短編集『プランク・ダイヴ』収録作で、既に読んでいたはずだが、その時はオレはあまり意味が分かっていなかったらしい(自ブログの感想読んだ)。今回読んでその面白さをやっと理解できた。これこそが「2000年代傑作SF」だろう。

ラストジーマ・ブルー/アレステア・レナルズは「記憶」と「芸術」を結び合わせた静かで味わい深いSF作品。ただやはりちょっと地味なような……。 

 

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

2000年代海外SF傑作選 (ハヤカワ文庫SF)

  • 発売日: 2020/11/19
  • メディア: 新書