第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作『ヴィンダウス・エンジン』を読んだ。

ヴィンダウス・エンジン/十三不塔

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

ヴィンダウス症――動かないもの一切が見えなくなる未知の疾患。韓国の青年、キム・テフンはこの難病から苦心の末に寛解状態へと持ち直したことで、中国・成都の四川生化学総合研究所から協力を要請される。それはヴィンダウス症の寛解者と都市機能AIを接続する未曾有の実験だった。様々な思惑が交錯する近未来の中国で、都市と人間をめぐる巨大な計画が動き出していく――第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。

 「ハヤカワSFコンテスト」には特に関心は無いし、十三不塔という作者の方もまるで知らなかったのだが、「第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作」と銘打たれたこの『ヴィンダウス・エンジン』はつい手に取ってしまう何かがあった。『ディファレンス・エンジン』を思わすタイトルもそうだが、「韓国人主人公、中国が舞台、主題となるのは謎の疾患と都市機能AI」という部分にたいそう興味を引かれたのだ。今日的で新しいテーマをきちんと把握されている。これはどんな物語なのだろう。

物語の発端となるのは「ヴィンダウス症」という謎の疾患だ。これは「動かないものが一切見えなくなる」ものなのらしい。主人公はこの難病に罹患していたがある方法により寛解する。ヴィンダウス症の稀有な寛解者として、主人公は中国の研究所から都市機能AIとの接続を要請される。しかしその背後には謎の集団が暗躍し、主人公に接触を図るのだ。

興味の尽きせぬSFテーマと豊富なSFガジェット、親しみやすく心憎いSF造語、エキセントリックな登場人物(ないしAI)、中盤からのサービス満点のアクション、壮大な規模へと収斂してゆくクライマックスなど、SFをよく知り読者を楽しませるポイントをきちんと押さえた作品であった。なによりよかったのは主人公の、こだわりの無い飄々としたクールさだ。これは昨今の若者の心象に限りなくフィットするキャラなのではないか。文章も非常にこなれており、時折本当に新人の方なのだろうか、と思えた程だ。

しかしこれはオレの読解力と想像力の低さのせいなのだが、幾つかよく分からない部分があった。まず「ヴィンダウス症」の症状が視覚的にイメージし難いということ、「ヴィンダウス症」の原因となるものがどういったメカニズムで発症させるのかということ、その寛解者がなぜ特殊な能力を持ちさらには都市AIと接続できるほどのものなのかということ、都市AIと接続した寛解者が容易く都市機能を操作できることになんら対策が無かったのかということ、これらには都市AI「八仙」の目論見も関わるのだが、それにしては随分効率が悪く運任せにすぎないかということ、などである。ただしこれらは作品できちんと説明されているのにオレが見落としていた部分も多いかと思う。

全体として若々しく疾走感あるよい作品であろう。逆に、巻末の選考者総評などを読むと商業作家となり作品を書くという事の難しさが端々から伝わってきて、幾つかの指摘はあれどそれを潜り抜けてきた作者氏にはやはり最大限のエールを送りたいと思えるのだ。この受賞を足掛かりにより優れた作品を生み出し続けて欲しい。

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)

ヴィンダウス・エンジン (ハヤカワ文庫JA)