『チェコSF短編小説集 2 』はビックリするほど奇想に満ちた作品の並ぶアンソロジーだったぞ

チェコSF短編小説集 2 / ヤロスラフ・オルシャ・jr. (編集)、ズデニェク・ランパス (編集)、平野 清美 (訳)

チェコSF短編小説集 2 (平凡社ライブラリー939)

ペレストロイカの自由な風のもと、ファンの熱い想いから創設された「カレル・チャペック賞」。アシモフもディックも知らぬまま書かれた、その応募作を中心とする独創的な13編。 

2018年に平凡社ライブラリーから上梓された『チェコSF短編小説集』の続編となるのがこの『チェコSF短編小説集2』である。第1集の『チェコSF短編小説集』は驚くほど優れたSF短編が網羅され、チェコSFのその恐るべき底力を見せつけられたが、この第2集もまた素晴らしい作品が満載であり、もうこれはチェコSFを日本でも積極的に訳出するべきだとさえ思わされた。

チェコはもともとSF/ファンタジー作品が盛んな国らしく、翻訳物も含め年間500冊に上るSF作品が出版されているという。そして誰もが知る「ロボット」という言葉はチェコのSF作家カレル・チャペックの戯曲『R.U.R.(ロッサム万能ロボット商会)』(1920年)において初めて用いられた言葉だったりする。

その作風は、例えばアメリカSFが強力な資本主義に裏打ちされた科学合理主義への期待と失望によって描かれるように、社会主義ユートピアの潤落とその失望、さらに全体主義的な社会構造への批判と抵抗によって描かれた作品が目立つ。同時に、紆余曲折を経ながらも長い歴史を持つ中欧国家ならではのフォークロア的な作品を見出すこともできる。平たく言うなら昔ながらの自由闊達な「ホラ話」的な物語がSFと結合した作品をちらほらと目にすることができるのだ。

作品をざっくりと紹介しよう。「口径七・六二ミリの白杖はなストレートな侵略SFで、『遊星からの物体X』的な展開が楽しい。「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」は過去を映すTVが登場する藤子不二雄的作品。この作品に限らずビートルズへの偏愛を謳った作品が幾つかあるのが面白い。ビートルズ全体主義への反逆のシンボルなのだという。「微罪と罰は今話題のChatGPTを思わせる「究極の回答」を弾き出す超知性を描く諧謔作。「……および次元喪失の刑に処す」では全体主義国家により「2次元化の刑」に処せられた男の悲喜劇を描く快作。このアイディアは凄い。「あの頃、どう時間が誘うことになるか」はあてもなく時間転移を繰り返す家族を描いた物語だが、アメリカのSFTVドラマ『タイムトンネル』を思い出した。

「新星」は物語の存在しない惑星に降り立った男がうろ覚えの物語をパクッて出版し大成功を収めるというユーモラスな作品。どこか御伽噺的な展開が楽しい。「落第した遠征隊」は地球に降り立った異星人が異星人には合わない凶悪な環境に驚愕するという、ある種環境問題的なお話。「発明家」は滅亡した地球で生命の痕跡を探す発明家の姿を描く。「歌えなかったクロウタドリは家庭用機器の修理を頼んだ男が理解不能の「何か」をあてがわれてしまう不条理劇。「バーサーの本をお買い求めください」では物語自動生成型VRに沈溺して滅んでゆく社会を描くが、これはインターネットやビデオゲームへの皮肉なのかもしれない。

「エイヴォンの白鳥座は銀河を股に掛ける旅芸人の一座が描かれるが銀河なのに旅芸人ってところがやはりどこか御伽噺的。「原始人」は未開惑星の原住民にナメた真似をした宇宙旅行隊がエライ目に遭うというお話。ラスト「片肘だけの六ヶ月」は「肉体を部分的に切除され刑が終わると再び接合される」というおぞましい刑罰が存在する中央集権国家が登場する。主人公はその刑により片腕を取り上げられたチンピラだが、その彼が身を隠した国際的テロリストに出会うことで物語は大きく動いてゆく。これなどはアイディアと言いキャラクター設定と言い非常に秀逸であり、物語自体も重厚で複雑な含みを持つが、惜しむらくは傑作長編SFの端緒だけ読まされたような終わり方をしており、ここからもっと物語が動き出す筈じゃないか、と実に残念な気分になった。とはいえ今回の短編集で白眉の作品と言っていいだろう。

【収録作】

  • 口径七・六二ミリの白杖/オンドジェイ・ネフ
  • ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー/ヨゼフ・ペツィノフスキー
  • 罪と罰/イヴァン・クミーネク
  • ……および次元喪失の刑に処す/イジー・ウォーカー・プロハースカ
  • あの頃、どう時間が誘うことになるか/ヤン・フラヴィチカ
  • 新星/エドゥアルト・マルチン
  • 落第した遠征隊/ズデニェク・ヴォルニー
  • 発明家/ズデニェク・ロゼンバウム
  • 歌えなかったクロウタドリペトル・ハヌシュ
  • バーサーの本をお買い求めください/ヤロスラフ・イラン
  • エイヴォンの白鳥座/イジー・オルシャンスキー
  • 原始人/スタニスラフ・シュヴァホウチェク
  • 片肘だけの六ヶ月/ヤロスラフ・ヴァイス
  • 解説──カレル・チャペック賞とチェコのSF/ズデニェク・ランパス+ヤン・ヴァニェク・Jr.