デニス・E・テイラーのSF長編『シンギュラリティ・トラップ』を読んだのだ。

シンギュラリティ・トラップ/デニス・E・テイラー (著), 金子 浩 (翻訳)

シンギュラリティ・トラップ (ハヤカワ文庫SF)

温暖化が進行し環境悪化に苦しむ22世紀の地球。貧しいコンピュータ技術者アイヴァン・プリチャードは、一攫千金を夢見て、小惑星帯へと向かう探鉱船“マッド・アストラ”に乗り組む。だが、探査の末、乗組員全員が大金持ちになれるほどの重金属を豊富に含む小惑星を発見したまさにその時、恐るべき悲劇がプリチャードを襲う…はるかな過去に超文明の尖兵が仕掛けた卑劣な罠に敢然と挑むひとりの男の孤独な戦いを描く!

 この間まで分厚く濃厚なSF(『サハリン島』)を読んでいたので何か軽く読み飛ばせるセンスのSFが読みたいなと思い、日本では2019年に翻訳された『シンギュラリティ・トラップ』を選んでみた。作者はあちこちで評価の高い『わが名はレギオン』シリーズを書いたデニス・E・テイラー。でもオレ『わが名はレギオン』は読んでないんだな!

22世紀の未来、主人公アイヴァンは小惑星帯で金属資源を採掘する探鉱船に乗り込んでいた。彼はとある小惑星を探査中に奇妙な物体に触れてしまい、それにより肉体に恐るべき変化が始まってしまう。なんと肉体が金属化してゆくのだ。それは太古の昔に異星人の仕掛けたナノマシン・トラップだった。アイヴァンはどうなってしまうのか?そして異星人の目的とは?といったお話。

予想通りスイスイ読める軽い味わいのSF作だった。発端こそサスペンスフルだが、主人公が最初クヨクヨしつつも基本的にポジティヴなヤツであり、危機的な状況にありながら深刻ぶったりせず最終的には「じゃあどうしたらいいのか?」と行動を起こしてゆくのだ。主人公ら探鉱船の乗組員は借金やら何やらで一攫千金を狙うしがない炭鉱労働者で、彼らが発見した資源豊富な小惑星は彼らに莫大な利益をもたらす。この辺りの小市民的なキャラクターたちが親しみやすく分かりやすい。

物語的言うなら「宇宙でナニカにガブッとやられました!」とか「超文明の残した遺物!」とか「ナノマシンによる驚愕の世界変容!」とか、テーマ的にそれほど新鮮味はないし、大味な冒険SFらしいと言っちゃえばそれまでだが、そこに「宇宙検疫の問題」や「家族とのメロドラマ」や「疑心暗鬼な宇宙軍の強襲」なんていうエピソードを加えて一本調子にならないように工夫してある。

中盤までは「身体が金属化したけどどうすりゃいいんだ」という部分を延々廻り続けてなかな物語が膨らまないのが難だが、最終的にはようやく「宇宙規模のとんでもないナニカ」という稀有壮大な大風呂敷を拡げ、十分娯楽作品らしい仕上がりになっている。とはいえナノマシンってヤツがあまりに万能過ぎる描かれ方をしていて「わかりゃしないと思って大言壮語しまくってないか!?」とちと思えたが。まあしかし退屈せず読めた作品だった。