老人なオレには心に沁みる夫婦ドラマ〜映画『アンコール!!』

■アンコール!! (監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ 2012年イギリス映画)


頑固者の旦那アーサーとしっかり者の妻マリオン、という老夫婦が主人公となった物語だ。舞台となるのは妻マリオンが通う熟年合唱団。大きなコンクールに出場が決まったにも関わらず、マリオンは再発したガンに倒れてしまう。彼女はアーサーに「私の代わりにコンクールに出場して」とお願いするのだが、気難し屋のアーサーは「人前で歌を歌うなんてわしには無理!」と思い悩んでしまう。オマケにたった一人の息子とも長年うまくいっていない苦悩がアーサーをさらに追い詰める…といった人間ドラマ。
この物語、テレンス・スタンプヴァネッサ・レッドグレイヴの老夫婦役演技がとてもいい。長年連れ添った者同士の気の置けない仕草や態度が、まるで本物の夫婦のように見えてしまうのだ。
テレンス・スタンプは"気難しい頑固親父"というよくあるような役柄なのだが、”頑固”というよりも”不器用”な人間といったほうが合っているかもしれない。分からず屋な部分はあるが、それは彼が常に周囲に対して居心地の悪さを感じていて、溶け込むことを知らぬ人間だから、その反動としてぶっきらぼうな態度を取ってしまうのだろう。彼がこれまでどういう人生を歩んでいたかは描かれないが、それが描かれなくても、生き難い人生を、四苦八苦しながら乗り切ってきた人物なのだろうということは想像できてしまう。こういった、細かな感情の機微から説明されない背景ですら想像させる部分にテレンス・スタンプの役者としての厚みを感じた。
不器用者の旦那を優しく見守るのがヴァネッサ・レッドグレイヴ演じる妻・マリオンだ。明るく社交的でいつも柔らかな笑みを浮かべ、誰からも愛される彼女は、夫アーサーとはまるで正反対な性格といえるかもしれない。それでも不器用者の旦那とあれだけ上手くやっているのは、旦那の不器用さ、ぶっきらぼうさが、実は誠実さの裏返しだということをよく知っていて、そして夫のその誠実さこそを愛し信頼しているからなのだろう。ただ、不器用すぎるということもきちんと分かっていて、時としてやんわりアドバイスする。世間でよく言う「旦那をうまく操縦する」ということだが、長年の夫婦生活の経験だろう、そういったことも長けているのだ。
こんな二人の自然なやりとり、その性格の明暗が、物語をとても豊かなものにしている。そして二人がとても愛しあっているのだということが伝わってくる。合唱団が舞台になっているけれども、例えば同様な舞台を持つ『天使にラブソングを』やTVドラマ『グリー』がある種のサクセス・ストーリーであるのに対し、この作品では老人たちのコミニュティと、そのコミニュティに出会うことで一人の頑なな老人が心を開いてゆくまでの様子を描いたドラマととったほうがいいだろう。歓喜や喝采ではなく、厚情と安穏なのだ。
この物語でアーサーは、あるとても痛ましい精神的危機を迎える。それは歳を経た者なら誰しも体験することだろう。この場面ではさすがに自分も一緒に観ていた相方も涙腺が緩んだ。相方さんなんか次の日になってもまだメソメソしていた。身につまされるのだ。それが現実とは知りながらも、やはり辛い事なのだ。ただ、映画は、そして物語は、現実とその運命の厳しい局面を追体験させることで、逆に愛することや生きることの豊かさ大切さを思い出させてくれる。オレももういい歳なんで、こういうのには弱いんだよ。そういった部分で、非常に心に残る作品であった。

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