脱走 (監督:イ・ジョンピル 2024年韓国映画)

北朝鮮と韓国を隔てる軍事境界線は、両国の厳重な監視下にあるため、人々が自由に行き来することは決してできない。しかし、北朝鮮の社会主義国家体制に不満を抱き、命懸けで韓国への脱北を試みる者は少なくない。映画『脱走』は、そんな軍事境界線を警備する北朝鮮兵士が脱走を企てる中で、予期せぬ事態に直面するサスペンス作品だ。
脱北を試みる主人公ギュナムを演じるのは、『シグナル』『復讐代行人~模範タクシー~』で知られるイ・ジェフン。そして、ギュナムを追撃する軍少佐ヒョンサン役には、『D.P. -脱走兵追跡官-』のク・ギョファンが配されている。監督は『サムジンカンパニー1995』のイ・ジョンピル。また、韓国のシンガーソングライター、Zion.Tが挿入歌を担当している。
【STORY】軍事境界線を警備する北朝鮮の部隊。まもなく兵役を終える軍曹ギュナムは、自由を求め韓国への脱走を計画。ついに決行しようとするが、下級兵士ドンヒョクに先を越され失敗。更にギュナムの幼馴染で保衛部少佐のヒョンサンは、脱走兵を捕まえた英雄としてギュナムを祭り上げ、前線からピョンヤンへと異動させようとする。迫る脱走のタイムリミット!ギュナムはヒョンサンの目を盗み、再び軍事境界線を目指して決死の脱出を試みるが、予期せぬ困難が立ちはだかる!果たしてギュナムは生き延びることが出来るのか!?
軍事境界線を巡る激しい戦闘や虚々実々の駆け引きを描いた韓国映画は数多く存在する。2000年公開の『JSA』を筆頭に、『高地戦』(2011)、『PMC: ザ・バンカー』(2018)、ドキュメンタリー『38度線に潜る男』(2017)、そして近年ではNetflixで配信されたドラマ『愛の不時着』が大ヒットし話題を呼んだ。韓国と北朝鮮は異なる国家体制に分断されているものの、元は同一民族である。単純な敵対関係ではないからこそ、そこから生まれる複雑な感情が多様な人間ドラマを生み出し、観る者の心を揺さぶるのだ。
さて、映画『脱走』の粗筋だけを語るなら、「主人公が脱北を企てるが様々な困難に直面する」という、いたってシンプルなものだ。映画冒頭では、主人公ギュナムが綿密な脱北計画を立て、決行の日を待つばかりの状況が描かれる。しかし、そこで予期せぬ事態が発生し、物語は次から次へと予想外の方向へと展開し、様々な人間たちを巻き込みながら驚くべきドラマへと発展していく。
映画『脱走』の大きな魅力は、「脱北」というシンプルなテーマに幾多の紆余曲折をもたらし、二転三転する物語展開と「一難去ってまた一難」という緊張感を途切れさせない点にあるだろう。これほどまでに徹底して物語が転がっていく作品だとは思ってもみなかったので、嬉しい誤算だった。ストーリーの盛り込み方が並外れており、最初に抱いていた作品のイメージを遥かに超える面白さだった。
この映画を面白くしている一つの要因として、北朝鮮軍上層部の腐敗と頽廃が挙げられるだろう。豪華なパーティーに興じる尊大な高官たちや上級市民の姿の背後には、困窮し貧困にあえぐ一般市民の姿が透けて見える。遠回しに描かれた社会主義国家の歪んだ体制は、主人公の自由への憧れを一層際立たせる。
その中でひときわ目を引くのが、かつて主人公の友人であり、今は追撃者となった軍少佐ヒョンサンだ。彼は誰もが平伏するエリート軍人でありながら、奇妙に歪んだルサンチマンを抱えている。その冷徹さは猟犬のようというよりは、社会主義国家で生き残るために抱え込んだ空虚さゆえだろう。だからこそ、ギュナムの脱走を追撃しながらも、自由への渇望に満ちたギュナムに秘かな憧れを抱いているのだ。
ギュナムに対するヒョンサンのこの屈折した思いは、まるでホモセクシャル的な愛情すら感じさせる。ヒョンサンは軍人としての責務からギュナムの行動を阻止しようとしたのではなく、一人の男としてギュナムにこの国に留まってほしいと願っていたのではないだろうか。こうした複雑に交差する心理描写にも、この作品の優れた側面がうかがえる。

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