ドン・ウィンズロウ中編集『壊れた世界の者たちよ』 を読んだ

壊れた世界の者たちよ / ドン ウィンズロウ (著)、田口俊樹 (訳)

壊れた世界の者たちよ (ハーパーBOOKS)

ニューオーリンズ市警最強の麻薬班を率いるジミーは、ある手入れの報復に弟を惨殺され復讐の鬼と化す―。壊れた魂の暴走を描く表題作をはじめ、チンパンジーが銃を手に脱走する「サンディエゴ動物園」、保釈中に逃亡したかつてのヒーローを探偵ブーンが追う「サンセット」、映画原作『野蛮なやつら』の幼なじみトリオが引き起こす新たな騒動「パラダイス」など6篇を収録。犯罪小説の巨匠による傑作中篇集! 

ドン・ウィンズロウといえば傑作中の傑作であるメキシコ麻薬戦争3部作、『犬の力』『ザ・カルテル』『ザ・ボーダー』の印象が強烈に強い。この3部作はオレの中でも特別な評価を与えている作品群だ。

とはいえ、それ以外のウィンズロウ作品は殆ど読んでいなくて、「他にも何か読んでおきたいな」と思っていたところ刊行されたのがこの 『壊れた世界の者たちよ』だ。そしてこの『壊れた世界の者たちよ』、中編集となっている。短編集ではなくて100ページ越えの中編が並ぶ作品集となっているのだ。しかもどうやら書下ろしなのらしい(ちゃんと確認していないので違うのかも)。

収録作品は6篇。なにしろ中編ばかりなので読み応えがありそうではないか。そして実際読んでみると、麻薬戦争3部作と同じくらい熱く濃い、しかし違ったアプローチが為されている力作が並んでいた。

まず表題作『壊れた世界の者たちよ』ニューオーリンズを舞台としたこの物語は麻薬組織に弟をなぶり殺しにされた警官が壮絶な復讐へと打って出るというものだ。麻薬戦争3部作に通じる熱く血と死と銃弾に塗れた暗く狂猛な作品で、巻頭のこの一作でまずつかみはばっちり!という緊迫感に満ちた物語である。長編 『ダ ・フォ ース 』(未読)の系列に連なる作品なのらしい。

『犯罪心得一の一 』は連続宝石泥棒と警察官との頭脳戦を描く作品だ。スティ ーヴ ・マックイ ーンに献辞が捧げられているだけあってマッチョでありながらもスマートでどこか粋な登場人物とテンポのいい洒落た文章で構成される。ウィンズロウの別の一面を垣間見せる作品。

サンディエゴ動物園は動物園から拳銃を持って逃げ出したチンパンジーを追う警官を描いたスラップスティックでコミカルな物語。序盤のチンパンジーのくだりから物語はあれよあれよと違う方向に転がってゆき、なぜだかロマンス展開まで加味されて、よくもまあここまで詰め込んだなあ、と感心させられる快作。そしてあのラスト!えええ!?

『サンセット』は私立探偵が麻薬で身を滅ぼした花形サーファーの行方を追うという物語。レイモンド ・チャンドラ ーに献げらているらしい。そもそもタイトルが「サンセット」で登場人物がサーファーでそしてチャンンドラー、という徹底的なアメリカ西海岸臭さが作品のトーンになっていて、そんな部分に酔わされた。

『パラダイス』はハワイのカウアイ島を舞台に、麻薬密売組織に目をつけられた主人公らの反撃の物語となる。ハワイだけにサーフィン絡みの話でもあるが、眩しい陽光と気楽な住民たちとは対照的な暗い暴力と復讐の物語が強いコントラストで描かれてゆく。ウィンズロウ作品でお馴染みのキャラも登場し、なかなか盛り上がるんだな。

『ラスト ・ライド 』アメリ国境警備隊員が不法入国者施設の少女をメキシコの母親に届けるべく法を犯して爆走する!というこれもまたウィンズロウらしい熱く濃いい物語。正義とは何か、善とは何かに葛藤する主人公の姿はそのまま今のアメリカの葛藤でもあるのだろう。ブルースの如き泣きのフレーズに満ちた文章が心に刺さる。 

※参考:メキシコ麻薬戦争3部作レヴュー