最近読んだスリラー小説2冊:『螺旋墜落』『ハウスメイド』

螺旋墜落/ キャメロン・ウォード (著), 吉野 弘人 (翻訳)

螺旋墜落 (文春文庫)

数学教師チャーリーの乗った旅客機は午前0時に墜落、乗客乗員は死亡した。 だがチャーリーは23:00に目を覚ます。そして機は再び午前0時に墜落した。次に気がつくと時刻は23:01。彼女はタイムループに囚われたのだ。 墜落を阻止できるのは彼女ただひとり。 だが失敗のたびにループ開始が11:02、11:03、11:05、11:08と繰り下がってゆく――

この物語は、タイムループの中で旅客機の墜落事故を阻止しようと奮闘する女性主人公と、その旅客機のパイロットである彼女の息子、2つの視点が交互に描かれる。ループを繰り返す中で主人公は墜落の原因を探り、一方で息子の過去の行動が明かされることで、「なぜ旅客機は墜落する運命にあるのか」という謎が解き明かされていく構成だ。

しかし、この息子のキャラクターが物語の大きなネックになっている。アルコール依存症で、父親への依存が強く、世間知らずな彼の幼稚な行動や葛藤は、読んでいて苛立ちを覚えるほどだ。その支離滅裂な行動原理には全く共感できず、「こんな人物がジャンボジェットのパイロットを務めているなんて」とさえ思ってしまう。特に前半は、タイムループの繰り返しと、説得力に欠ける息子の描写が多く、何度も本を閉じかけたほどだ。エピソードの出来が粗く、物語のバランスが悪い点が非常に目立つ。

ただし、物語の核心に迫る後半からは一気に面白くなる。タイムループの時間が徐々に短くなっていく構成は、読者に強烈なサスペンスを体験させ、クライマックスは納得のいく出来栄えだ。タイムループの仕組みも論理的に説明されており、この点は高く評価できる。前半の辛さを乗り越えれば、後半には読みごたえのある展開が待っている。もし読む機会があれば、前半はざっと読み進め、後半をじっくりと楽しむことをおすすめする。

 

ハウスメイド / フリーダ マクファデン (著), 高橋 知子 (翻訳)

ハウスメイド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

前科持ちのミリーがようやく手に入れた裕福な家庭でのハウスメイドの仕事。だが、この家は何かがおかしい。雇い主の妻ニーナは不可解な言動を繰り返し、家のなかは目も当てらないほど荒れている。娘のセシリアは生意気で、神出鬼没。夫のアンドリューはなぜ結婚生活を続けていられるのだろうか? ミリーは中から鍵を開けることの出来ない部屋を与えられるが……

邸宅の屋根裏部屋で発見された死体。怯える女と彼女を尋問する警察官。物語は、そんな不穏な幕開けで始まる。

物語は3カ月前に遡る。極貧生活を送っていた主人公ミリーは、名家ウィンチェスター家のハウスメイドとして雇われる。まさに願ってもない話だったが、与えられたのはまるで牢獄のような部屋。さらに、女主人のニーナは言動も行動も常軌を逸しており、ミリーへの陰湿で執拗な嫌がらせを繰り返すのだ。

極貧生活には戻りたくないと、耐えに耐え抜くミリー。しかも彼女にはワケアリの過去があって辞めるに辞められない。そんな彼女に優しく声をかけるウィンチェスター家の主人アンドリュー。これは新たな希望か、それともさらなる地獄の始まりか?物語は益々予想もつかない方向へと転がっていくことになる。

閉鎖的な空間、少数の登場人物というミニマルな設定の中、徹底的に描かれる極限のサディズム。狂気に満ちたハラスメントが延々と続き、読者は「主人公はどうなってしまうのか?」と目が離せなくなること必至だろう。そして、畳みかけるように次々と巻き起こる衝撃のどんでん返し!シンプルかつ骨太な構成、度肝を抜く展開、驚愕のラスト。まさに、練り上げられた傑作スリラー小説だった。既に映画化もされており、今年12月にアメリカ公開だというからこちらも楽しみだ。