日本でアステカ暗黒神の幻影が跋扈する強烈な犯罪小説『テスカトリポカ』

テスカトリポカ / 佐藤 究

テスカトリポカ (角川書店単行本)

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。

Twitterで日本人作家による恐ろしく血生臭いスーパーバイオレンスなノワール小説があると知り、ちょっと読んでみることにした。なにやらマジックリアリズムの匂いもあるという。作者の名前は佐藤究(さとうきわむ)、タイトルは『テスカトリポカ』 。

物語はメキシコの麻薬カルテルに君臨する男・バルミロが対立組織に一族郎党皆殺しにされ、復讐を誓いながら日本に潜入、そこで臓器売買ビジネスを展開しながら強大な軍団を形成してゆくというもの。メキシコの麻薬密売人がなぜ日本に?と思うかもしれないがそこもきちんと説明されていて説得力がある。

物語の中心となるバルミラは麻薬カルテルの長として名を成しただけあって残忍かつ狡猾、用心深く世を渡りながら好機を見つけると金と暴力にものを言わせ少しずつ彼自身の王国を成長させてゆくのだ。このバルミラの元に一人また一人と反社会的人格の連中が集ってゆき、それぞれのドラマを物語ってゆくことで裏社会群像劇を形作るという構成になっている。

この作品をユニークにしているのはタイトル『テスカトリポカ』に表れているように、古代アステカの神話と喪われた栄華の歴史が物語の背景として持ち込まれていることだろう。太古の昔、アステカでは神殿において日々生贄の儀式が行われ、それは生きたまま生贄の心臓を抜き出し神に献上するものであったという。

その血生臭さ、近代の倫理が一切通用しない異質な思考形態、神への強烈な信仰と死をも恐れぬ精神、それらがバルミラの強烈なアイデンティティと行動原則を形成し、物語それ自体を単なるノワールに止まらない一種神話的で幻想的な暗黒の寓話として成り立たせているのである。

面白いのは、こうした「古代アステカの神話」がなぜか日本を舞台に展開するといった部分だろう。バルミラのもとに集った戦闘員らは暗黒神テスカポリトカに仕えるアステカの狂戦士のように戦い、強烈な残虐性をあからさまにする。闇ビジネスの根幹となる心臓の臓器売買は、そのまま神に捧げる生贄の心臓に重ね合わされる。

殆どの登場人物は他人の生命などゴミのようにしか思っておらず、その暴力はどこまでも凄惨であり、麻薬取引や臓器売買が行われる裏社会の生態はひたすら暗鬱で、こうした人間性皆無の描写の数々が冷え冷えとした衝撃となって物語を覆う。多少資料に頼り過ぎている窮屈さはあるし、個人的にはクライマックスに不満を感じるが、総体として非常に読み応えのある暗黒小説として完成していると思う。今年の日本ミステリベスト10には入るのではないか。

テスカトリポカ (角川書店単行本)

テスカトリポカ (角川書店単行本)