氷河の下に眠るルーヴル美術館で出遭ったものとは?〜フランス・コミック『氷河期』

■氷河期 ―ルーヴル美術館BDプロジェクト― / ニコラ・ド・クレシー

氷河期 ―ルーヴル美術館BDプロジェクト― (ShoPro Books)

氷河期 ―ルーヴル美術館BDプロジェクト― (ShoPro Books)

氷河に覆われた未来のパリ、時を超えて眠る美術品たちの館がそこにあった…。地表が氷河に覆われた未来のパリで、豪雪地帯を進む考古学調査隊は、雪に埋もれた巨大な建造物を発見する。膨大な美術品が納められたその建物を探索しながら、調査隊は「失われた文明」を読み解こうと、奇妙な解釈を展開するが、一方、調査隊とはぐれた探査犬ハルクに、美術品たちは口ぐちに自らの過去を語りはじめ…?ルーヴル美術館が、より幅広く世間にルーヴルの魅力を伝えるために企画した、驚きのコラボコミックプロジェクト!美術史家・小池寿子氏による詳しい美術解説も収録。想像力を刺激する、かつてないルーヴル美術館への案内書。

フランス語圏のコミックを指して《バンド・デシネ》と呼ぶが、これは直訳すると「描かれた帯」という意味なのらしい。「続きものの漫画」といったニュアンスなのだが、《BD》=ベデ、ベーデーといった呼び方をすることもある。このBD、フランスでは大人の読み物であり、「9番目の芸術」として認識され研究されているのだという(受け売りなので「じゃあ1番目から8番目はなんだ?」とか聞かないように)。アーティスティックなものに間口が広いフランスという国のお国柄をうかがわせるが、芸術などと持ち上げる必要はないにしても、コミックの盛んなはずの日本は随分お偉い方の扱いが違うなあとちと思った。

さてこの『氷河期」は、ルーヴル美術館の企画による《ルーヴル美術館BDプロジェクト》の一環として描かれたものだ。これは内外の様々なアーチストがルーヴル美術館をテーマにし、その魅力を紹介するというプロジェクトなのだが、なんと日本からは『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦氏も参加しているという。今回紹介する『氷河期』は、以前日記で紹介した『天空のビバンドム』(感想はこちら)のニコラ・ド・クレシーの手によるもので、『天空のビバンドム』同様摩訶不思議な話が展開している。

物語は氷河期が到来し、全てが雪と氷に覆われた未来のパリが舞台だ。ここに氷河の下に閉じ込められた過去の文明を探索する調査隊が派遣され、氷原の下にルーヴル美術館を発見するのだ。過去の歴史も、ルーヴル美術館の存在も、絵画という芸術形態すらも忘れ去ってしまった未来の人類が、この美術館で何を見出すのか?といったものだ。調査隊の面々はなにしろ全て白紙の状態でこの場所を発見するものだから、絵ばかりが飾ってあることから当時の人類は文字文化が貧弱だったとか、裸婦の絵が多いからここは淫らなことが行われていた場所だったとか、トンチンカンなことばかり結論付けようとする。

言ってみればこれは異星人の文明を発見したのと同じようなもので、全く情報がないからこそ、トンチンカンながらも自由な解釈を絵画に与えている部分が面白い。それはある意味現実にその絵画が持つ権威とか評価を全て無視しているわけで、"美術の魅力を紹介する"どころか"美術ってなんだかわかんない"といった物語になっているところが実に皮肉だ。

この物語は登場人物たちがどれも個性的だ。頭が固く嫌われ者の調査隊長、その隊長を軽蔑し時には対立する女性隊員、そしてなによりも遺伝子操作され人間と同じように思考し喋ることができる犬が実に魅力的に描かれる。この犬、名前はハルクというのだが、あんまりぷくぷく太っているから豚だとばかり思ってたが、やっぱり犬で、どうやら豚の遺伝子を混ぜられているということらしい。物語後半はこの犬のハルクが大活躍し、なんと炭素同位体を鼻で嗅ぎ分ける能力をフル稼働させ、忘れられた美術品の製作年代を測定し、その謎に迫ってゆくのだ。

実際にルーヴル美術館に収められている絵画や彫刻、古代文明の出土品が総出演し、ファンタスティックなクライマックスへとなだれ込んでゆく様は、"美術館の企画"といったものから離れた、実に豊かな想像力の飛翔するSF物語として完結している。しかしそれにしても、このコミックで紹介されたほんの一部の美術品であってもやはり目を惹くものがあり、「ルーヴルってなんだか凄い」と思わせたのは、やはり企画者の意図通りだったかもしれない。ルーヴル美術館、ちょっと行ってみたくなった。