新しいカレーの歴史 上 : 日本渡来以前の諸国のカレー / 近代食文化研究会
イギリスのカレーの歴史は、女性が紡いできた フランスのカレーの歴史は、男性が紡いできた 日本に渡来する以前の各国のカレーは、どのような歴史をたどり、どのような姿をしていたのか? 海外の最新研究動向をふまえた上で、嘘・間違いだらけの日本のカレー史研究を全面的に刷新する
多くの日本人が愛し口にするカレー。このカレーがインド本国からではなくイギリス経由で日本に伝来したことはたいがいの方なら知っているだろう。ではそのイギリスにカレーがなぜどのように、どういった形でもたらされたのだろうか。一般に流布する言説では「イギリスに初めてカレーをもたらしたのは初代インド提督ヘースティング」「初めてカレー粉を商品化したのはイギリスの会社C&B」となっているが、本書ではそれは間違いであると指摘する。では真実はどうなっているのか?『新しいカレーの歴史 上 : 日本渡来以前の諸国のカレー』は、タイトル通り”新しいカレーの歴史”を追求する一冊である(ちなみに現在上巻のみが出版されている)。
本書では冒頭において「カレー粉の発祥地はインドであり、イギリスのカレー粉はインドからの輸入品がその起源である」という”本当の「史実」”を提示し、それを様々な文献をもとに明らかにしてゆく。インドではカレーのスパイスがそれぞれの家で調合され、カレー粉など存在しない、という事前知識があると「インドで作られたカレー粉」というものがにわかに信じがたいが、実は”カレー粉という名のスパイスミックスは、インド在住のイギリス人移住者によって作り変えられたスパイスミックス”であるという。
ここで言う”インド在住のイギリス人移住者”とは、今や悪名高い東インド会社の職員たち、ならびにその家族のことである。アジア圏において18世紀から台頭し始めた東インド会社は”「会社」とは名ばかりの、半植民地化したインドを統治するための軍事・行政組織”である。これらイギリス人移住者=アングロインディアンたちは、厨房設備と気候環境の違いのためにイギリス式料理をインドに持ち込むことができず、カレーを食する以外の選択肢がなかった。
その中で料理作りを担わねばならなかったアングロインディアンの主婦=メムサーヒブ(女主人)は、カレー粉の調合レシピをそれぞれ独自に持つことになる。こうしてイギリス人好みに改良されたカレーなどのアングロインディアン料理を構築し、それらのレシピをイギリスに持ち込み、あるいはカレー粉ないしカレーペーストがイギリスに輸入されるようになった。これが真のカレー粉の発祥であり伝来であると本書は述べる。つまり、イギリスに伝わったカレーは当初からアングロインディアンカレーであり、本場のインドカレーが直接伝わったわけではないのだ。こうして18世紀末にカレーはイギリスの食文化に浸透していったのだという。
本書はこういった形でカレー粉の発明過程のみならず18世紀インドにおける東インド会社職員の料理事情が詳らかにされ非常に興味深い。ここにはカレーだけに止まらないひとつのイギリス史が物語られているのだ。ちなみにイギリスの上流階級にカレーを普及させたのはフランス料理やフレンチシェフだった。”タマネギを茶色に炒めさらに小麦粉とカレー粉を炒め、出汁(コンソメ等)でのばすカレーは、フランスからやってきた”のだという。