大難産/山野 一
鬼畜漫画家・山野一が双子を授かって子育てに奮闘する様子を描いたコミック『そせじ』(そせじ=双生児の意味だろう)は山野一の漫画家人生を刷新する名著だったと思う。『そせじ』は電子出版のみで現在4巻まで描かれている。
この『大難産』は『そせじ』で描かれる双子がどのような難産で生まれたのかを描くものとなっている。なぜ単なる難産ではなく「大難産」なのか。それは胎内にいる双子が「TTTS=双胎間輸血症候群」という非常に珍しい難病に罹っており、当時世界でも3つの病院でしか行われていないという最先端医療を受けることになったからである。この作品では双子がやんちゃに過ごす幸福な現在と山野夫妻が難病治療に奔走する過去とを交互に描きながら、夫妻がどのようにしてこの試練を乗り越えたのかを明らかにする。
とはいえそこは「元・鬼畜漫画家」の山野一、描写が一筋縄ではない。別に鬼畜に描いているわけではないが、これが普通の漫画家であれば困難な状況の真摯な吐露に至る部分を、どこか奇妙に弛緩し時として作者のオフザケが噴出する展開となっているのだ。これは別に不真面目なのではなく、山野一の「元・鬼畜漫画家」としての透徹した矜持がそうさせているのだろう。状況は困難だが決して深刻ぶらず飄々と描いているのだ。まずここが優れている。
山野の妻の性格や双子の描き方はきっちりとフィクショナルであり、ああこれは脚色なのだなとすぐに分かる仕掛けになっている。ただドキュメンタリータッチにするのではなく漫画としての面白さをまず優先させようとしたのだろう。こういった山野のプロフェッショナルな態度が作品に稀有な面白さを持ち込む。時として描かれる幻想描写がまたもや素晴らしい。この辺り、ねこぢるyとして培ってきたサイケデリックな資質が生きているのだろう。
そしてなにより山野はグラフィックとデザインの両方に高いセンスを持っている。ギャグマンガのタッチではあるが背景の書き込みが密であり、全体的に内容の濃いグラフィックだ。特に軟体生物のようにクニャクニャと暴れ回る双子のグラがとても可愛らしい。構成にしても緩急自在であり、熟練の技を感じる。もうこれは売れまくるべき作品だろう。みんなも買おう。
(コミック『そせじ』の感想はこちらとこちらを参考にしてください)