エルトン・ジョンとウイングスを聴いていた (後編)

■ウイングス・オーバー・アメリカ / ポール・マッカートニー&ウイングス

ウイングス・オーヴァー・アメリカ
エルトン・ジョンのアルバムと同様に部屋でしょっちゅう流していたのがポール・マッカートニー&ウイングスのライブ・アルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』だ。LPレコードで出ていた当時は『ウイングスU.S.Aライブ!』という日本タイトルだったと思う。これも中学の時によく聴いていたアルバムだった。
中学生の頃、周りがビートルズ・ファンだらけだった。中学生のクセにソロも含め殆どのアルバムを持っている奴までいた。しかしオレはというと、そんなに興味が無くて、友人から借りた『アビーロード』と『サージェント・ペパーズ』をカセット・テープに録音して聴いていたぐらいだった。この2枚のアルバムはロック史に残る名作アルバムではあり、オレもこりゃスゲエと思って聴いてはいたが、かといってもっとビートルズを!という風にも思わなかった。当時のオレからしてもビートルズはとっくの昔に解散したバンドであり、現在進行形の、もっと新しくて、刺激的な、今聴くべきロック・バンドやアーチストは山ほどいたからだ。
ポール・マッカートニー&ウイングスに関しても、知ってはいたがやはりそれほど興味が湧かなかった。だが、かのバンドの曲で、ひとつだけ頭に残って離れなかった曲があった。実はこれも映画繋がりなんだが、ポール・マッカートニー&ウイングスが手掛けた『007/死ぬのは奴らだ』のテーマなのである。いやなにしろ、中学生の頃はロックよりも映画だった(映画自体は小学生の頃観たんじゃないかな)。
このアルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』がリリースされたのはそんな時期だった。その当時、FMラジオの音楽番組で放送される音楽を録音する「エア・チェック」というのが流行っていて(まあ流行っていたというよりはお金が無くてレコードを買えない中学生には、音源を手に入れる大きな手段だった)、FM番組表の載ったFM雑誌(当時そんなのがあったんですよ)で『ウイングス・オーバー・アメリカ』が放送されると知り、早速エア・チェックすることにしたのだ。知っている曲は『死ぬのは奴らだ』だけだったけどね。
エア・チェックした『ウイングス・オーバー・アメリカ』は実にゴキゲンなアルバムだった。そりゃもうノリノリだった(古臭い表現をお許しください……なにしろ当時の感覚ですから)。『死ぬのは奴らだ』は当然盛り上がったがその他の曲もよかった。だが残念に思ったこともあった。それは、FM番組ではこの『ウイングス・オーバー・アメリカ』を全て放送しておらず、即ちアルバム全てを楽しむことが出来ていないからだ。しかし、たいていはアルバム全曲放送するFM番組でこのアルバムが全曲放送されなかったのはそれなりに訳があった。
なんとこの『ウイングス・オーバー・アメリカ』、LPレコード3枚組だったのである。当時3枚組のLPレコードといえば5、6千円はしただろうか。1枚もので2500円、2枚組で4千円ぐらいだったと思う。なにしろ中学生の小遣いではちょっと手の出ないものだった。お年玉を貯めに貯め、清水の舞台から飛び降りるつもりでイエスの3枚組ライブアルバム『イエス・ソングス』を買ったことがあったけれども、イエスは欲しくてたまらなくて買いはしたが、『ウイングス・オーバー・アメリカ』は興味津々でありつつも大枚はたいて買うべきものなのか、迷いに迷っていたのである。それからというものレコード店に行ってはこのアルバムを手にしては(3枚組だから非常に重い)買わずに帰ってくる日々が続いたのである。
それから十余年、いや20年以上経ってからか、サラリーマンになったオレは積年の恨み(?)を晴らすべく、CD2枚組となったこのアルバムをやっと手に入れることが出来た。買ったことで達成感はあったが、実の所、このアルバムはその頃聴いていた音楽ジャンルとあまりにもかけ離れていたため、殆ど聴かなかった、という余談もあったが。
そんなアルバム『ウイングス・オーバー・アメリカ』を、今再び引っ張り出し、何度もリプレイして聴くようになるとは、人間不思議なものである。この背景は、先に書いたエルトン・ジョン同様、「中学生の頃とてもよく聴いていた音楽だった」という懐かしさがあったからだろうと思う。そして、『ウイングス・オーバー・アメリカ』以外のポール・マッカートニー&ウイングスのアルバムを聴きたいとはまるで思わない。なにしろオレが聴きたいのは「昔聴いていたあの曲」だからだ。
「懐かしさ」とは書いたが、同様に昔あんなによく聴いていたはずのボウイやロキシー・ミュージックや、プログレッシブ・ロックは、再び聴きたいと思わないのだ。ニューウェーブ系の音も、別に聴きたいと思わないのだ。そもそも、ロックというのは、ひりひりとした表現なんだと思う。そのひりひりとした表現を聴く側にも、ひりひりとした心象があるのだと思う。だが今の自分は、別にひりひりともしていないし、したくもない。落ち着きたいし、和みたい。年寄りだからだ。エルトン・ジョンもそうだが、ポール・マッカートニーの楽曲センスも、ロックではなくポップ的なものであると思う。その辺が、「部屋で流しっぱなしにできる賑やかなタイプの音楽」として楽しめた側面だったのではないか。

ウイングス・オーヴァー・アメリカ

ウイングス・オーヴァー・アメリカ