■スーパー! (監督;ジェームズ・ガン 2010年アメリカ映画)
I.
女房を寝取られ家出されてしまったショボいオッサンが、アメコミを勘違いしまくったダサいコスチュームに身を包み、ヤヴァイ武器片手に世間の悪と自分を不幸に陥れた連中に制裁を下す、というお話です。その辺の一般人がコスチューム着て悪と戦うといった部分でなにかと『キック・アス』と比べられがちな映画ですが、『キック・アス』がドーテー君の妄想で成り立ったある意味お花畑な物語だとすると、この『スーパー!』は冴えない中年男の絶望で成り立ったある意味気の狂った物語だといえるでしょう。この『スーパー!』は、『タクシードライバー』のトラヴィスが馬鹿なコスチューム着て暴れまわる、狂い咲きサンダーロードなお話なんです。
最初は女房を寝取られた男が、その女房を取り戻すため、コスチュームを着て戦いを挑もうと決意するんですが、なんとこの寝取られ亭主、コスチュームを着て悪漢を倒すことの快感に目覚めてしまい、女房奪還そっちのけでチンケな悪事に制裁を下し始めるんです。コスチュームを着る、というのは、もともとひ弱なこの男が、自分を鼓舞するための装置、言ってみれば「形から入ってみる」ためにやりはじめたことなんですが、最終的にはコスチュームに"着られてしまう"んですね。
II.
確かに麻薬ディーラーやひったくり、子供の買春は犯罪です。しかしフランクは、彼らにパイプレンチで鉄槌を下すんですよ。パイプレンチですよパイプレンチ!かなりな鈍器なんですよこれ!これでぶん殴られたら殆ど重症でしょう!そしてしまいには映画館の行列に割り込んだヤツにまでパイプレンチで殴りかかるんです!血まみれでのた打ち回り命乞いする割り込み野郎!いくら悪いことだといっても半殺しにするのはマジキチのやることでしょう!こんなの犯罪ですよ!…でもね。もともと犯罪犯しているような連中は元より、日常的に生活していて、マナーもモラルもへったくれの無い連中を、ぶん殴ってやりたくなることってありません?割り込みして注意しても聞かないようなヤツ、あと映画館でくっちゃべってるヤツ、電車のドアが開いて降りようとしているのにドア前からどかないヤツ、アパートのいつも騒がしい隣人、モラハラするヤツ、セクハラするヤツ、こういう連中に対し、一瞬でも肉体的に制裁してやりたくなったりしません?
まあ普通は思ったってやりません。丁寧に注意するかしかるべき手順を踏んで訴えるのが常識的な行動です。しかし一瞬の怒りの感情というのは確かに存在する。そしてこの『スーパー!』はこの一瞬の怒り(義憤も含む)の感情を全て肯定して行動に移しちゃう、そしてそれは正しい、なぜなら自分はコスチュームを着た正義だから!ってお話なんですよ。
そしてその正義を確信させたのがある日観たTV番組の、宗教の入ったメチャクチャ下らない勧善懲悪コスチュームドラマから受けた啓示、だったりするんですよね。狂ってますよね。狂ってるんだけど、割り込み野郎をぶちのめす映像を観ている観客としての自分も、血を流してのたうちまわる割り込み野郎を観て実にカタルシスを感じる、ざまあ!と思っている自分がいる、そういう危ない快感を追体験してしまうんですよね。考えてみたら主人公フランクが行っている勧善懲悪とやらだって、実は奥さんが寝取られ家出した鬱憤でやってるだけとも言えますよね。
正義の名を借りて自分の鬱憤晴らしてるだけみたいな連中なんてネットやらメディアやら見ると一杯いるじゃないですか、これは正義だから、これはモラルだから、これはマナーだから、とか言っちゃってね。いわゆるモラル厨マナー厨とか言われるやつですが、ああいったの見ると、この人たちホントは何かのストレス抱えてるだけなんじゃあ?なんてよく思いますもん。だから結局フランクのやってることは正義でもなんでもない、"正"しくも"義"でも無い、単に暴れたいから暴れている、名目作って暴力振るいまくってストレス発散している、そういった部分では映画『フォーリング・ダウン』なんかと似ている狂った所があったりしますね。
III.
しかしこの映画の独特なのはこういった題材をそのまま描いちゃうと陰惨で暴力的なだけの物語なっちゃうところを、手書き風のポップなアニメやいかしたテーマ・ミュージック、そしてフランクの勘違いしまくりなダメダメさ加減を描くことでブラックなコメディとして成り立たせていることなんですよね。暴力的な物語をポップに描いちゃう部分でも『キック・アス』との相似性を見ることができますが、『スーパー!』のほうはショボくれたオッサンが主人公な分、どこか物悲しさがあるんですよ。だから似てはいるけれど観終わった後に感じるものが全くの別物なんですよ。このショボくれたオッサンを『JUNO/ジュノ』、『ROCKER 40歳のロック☆デビュー』、最近では『メタルヘッド』でやっぱりショボくれたオッサンの役だったレイン・ウィルソンが演じています。このレイン・ウィルソン、最初は観ててむさ苦しくてたまんなくイヤだったんですが、段々と愛着が沸いて来るから不思議です。
奥さん役がリブ・タイラー、こんな美人をなんでこんなショボいおっさんの奥さんに!?と思いましたが、最後はきちんとオチを付けてくれます。悪漢役のケヴィン・ベーコンはチンケなチンピラを好演、この人のおかげで映画が締まりましたね。そしてなんといってもエレン・ペイジ!実は『ローラーガールズ・ダイアリー』はピンと来なかったんですが、この『スーパー!』では主人公に輪をかけたような狂った小娘を演じていて、映画に物凄いドライブ感をかもし出してくれました!『キック・アス』のクロエ・モレッツも凄かったですが、『スーパー!』クライマックスでのエレン・ペイジの凄惨な戦いぶりは、ファンならずとも鳥肌立たせてくれること必至です!
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