P・K・ディック未訳長編落ち穂拾い〜SF小説『未来医師』

■未来医師 / フィリップ・K・ディック

未来医師 (創元SF文庫)

未来医師 (創元SF文庫)

医師パーソンズは突如として25世紀の北米へ時間移行した。そこでは人種の混交が進み、全員が混合言語を話し、複数の部族に分かれて生活している。人間の平均寿命は15歳、さらに医療行為が重大な罪とされていた。この悪夢的社会を変えようとする一派の活動に巻き込まれたパーソンズは、さらに幾度も時間航行に連れ出され、重要な役割を果たすことに。時間SFの秀作、本邦初訳。

P・K・ディックの未訳長編もあと僅か、ということで落ち穂拾い的に翻訳された作品なんですが、そんな理由からあんまり期待せず、まあ久しぶりにディックでも読んでみっか、と軽い気持ちで読み始めたところ、なんと意外や意外、これが結構面白かったもんですから得した気分です。ある意味サンリオあたりから出てた長編なんかよりもストレートで読みやすかったかも。
「医療行為が禁止された平均寿命15歳の社会」って設定自体が訳わかんないのにディックの筆になるとなんだか違和感がないんですよね。もともと悪夢的な世界を描くのを得意とした人だから、どんなに極端なシチュエーションでも読んでいてなぜか納得させられてしまう。結局ディックは現在の文化や科学技術から類推出来得る未来予測としての未来社会になんか全然興味が無くて、どれだけ読者にとってショッキングな世界を描けるかを職業作家として妄想していたのだと思う。
そしてなにしろ今作は展開が早い!時間旅行、異様に変質した未来社会、とブックカバーに書かれている粗筋はせいぜい50ページ目ぐらい、その後なんと主人公は火星に流刑されることが決まり宇宙船に乗せられたリするんですわ!その宇宙船にはネズミの脳を繋げた人工知能を持ったロボットが乗っていて…なーんていうディック流のくすぐりが入り、そして文明が終焉を迎えた超未来まで時間旅行させられ…と、もうすっかりディックのテンポにノセられて読み耽っちゃうんですな!
そして物語は白色人種支配によって歪められた人類の歴史を白紙に戻そうとするネイティブ・アメリカン一族の歴史改変の戦い、という気宇壮大な、といかディックですから奇想天外なテーマへと突き進むのです!ここに主人公である白人の医師のジレンマが絡み、そしてタイムパラドックスがなんちゃらかんちゃらとSFっぽく盛り上がり、なんだか久しぶりに昔ながらの懐かしい匂いのするSFを読んだなあ、という気分にさせられました。まあ今の読者にはちょっとキツイかもしれませんが、ロートルSFファンにとっちゃこんな雰囲気もまた楽しいんですよ。
ディックの未訳作品はあと2,3冊のみらしいんですが、永らくほっぽらかしにされたこんな作品でさえ十分ディックを堪能出来るのですから、残りの作品も是非翻訳してもらいたいものです。