P.K.ディック最後のSF翻訳作〜『ヴァルカンの鉄槌』

■ヴァルカンの鉄槌 / P.K.ディック

ヴァルカンの鉄鎚 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

20年以上続いた核戦争が終結したのち、人類は世界連邦政府を樹立し、重要事項の決定をコンピュータ“ヴァルカン3号”に委ねた。極秘とされるその設置場所を知るのは統轄弁務官ディルただ一人。だがこうした体制に反対するフィールズ大師は、“癒しの道”教団を率いて政府組織に叛旗を翻した。ディルは早々に大師の一人娘を管理下に置くが。ディック最後の本邦初訳長編SF。

ブレードランナー』『トータルリコール』などの映画化作品などでも知られるSF作家P.K.ディックは生前に44作にのぼる多数のSF長編を執筆しており、日本ではその死後も未訳作品が精力的に訳出されてきた。これは日本におけるディック人気の賜物と言えるだろう。そしてこの『ヴァルカンの鉄槌』は、そんなディックの最後のSF作品翻訳作となるのだ。

死後30年も経ってやっと翻訳というと、まあクオリティはそんなに高くないから、という理由もあるのだが*1、それは代表作と比べたら、という話である。だいたいレムだってまだ全作訳出されてないんだぞ!?そんな訳で全てのディック・ファンは訳出されたら四の五の言わずに読むのが務めなのである。当然オレも読むのである。とは言いつつ、ディック初心者は迂闊に手を出さずまだ読破していないディック代表作を読んでからのほうがいいとは思うが。

お話はザックリ書くとコンピュータに支配された未来、という例のアレである。作品中盤までは主人公ら官僚同士の駆け引きやらなにやらが描かれ、あんまりSFらしくないが、緊迫感はたっぷりある。中盤から怪しいカルト教団の武装蜂起とヴァルカン3号の暴れん坊ぶりが描かれやっとSFぽくなるけれど、これは通俗SF作家としてのディックが「ヤル気出さないと原稿買ってもらえんしな」と頑張っちゃった部分だろう。ヴァルカン3号の送り出す戦闘機械はディックの傑作短編『変種第二号』っぽくてここはなかなかディックらしい。

しかしこういうテーマだと全体主義ディストピアビッグブラザー!というのが当然の流れとなるが、ディックが書くとやっぱりなんとなくそこから外れてくるのである。物語は全体主義の圧政というよりは官僚主義社会の官僚たちが中心となるお話だし、ディストピアってほどじゃなくむしろ電脳支配社会に反乱を起こしたカルト教団のほうが不気味で危険だし、今作のビッグブラザーであるコンピュータ“ヴァルカン3号”はお伺いを立てられた時に働くだけで、少なくとも冒頭はたいしたことをやってないんである。

だからこの作品の本質にあるのは『1984年』や『未来世紀ブラジル』みたいな全体主義国家の恐怖とか『ターミネーター』に出て来るスカイネットみたいな機械に支配されることの恐怖とかでは実はないのである。いや確かに「コンピュータに支配さるなんて非人間的だ!」とかいう文明批判や、後半では人間対戦闘機械の大戦闘、という娯楽作品らしいスペクタクルも用意されているのだが、ディックの書いた作品がそんな紋切型だけで済む筈もないだろう。

全体主義とか何とかは関係なく、ディックの描いてきたものはいつも索漠とした現実にうちひしがれ、砂を噛むような人生を生きる人たちであり、それはこの『ヴァルカンの鉄槌』でも共通している。今作における"索漠とした現実"は主人公ら官僚たちの疑心暗鬼と術策陰謀の様に表れている。主人公はシステムと人間性の狭間で引き裂かれながら救済を見出そうとする。一見怪しげな教団が実はその人間性の部分を代弁しているのもディックならではだ。そういった部分でディックのエキスを味わうことが出来、退屈せずに読み終えることのできた物語だった。

ヴァルカンの鉄鎚 (創元SF文庫) (創元SF文庫)

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