いがらしみきお新作2作発売

■ガンジョリ いがらしみきおモダンホラー傑作集

いがらしみきおで最も有名な作品は『ぼのぼの』ということになるのだろうが、オレにとってのいがらしは『ネ暗トピア』『しこたまだった』『かかってきなさい』等の一連のギャグ4コママンガであった。いがらしの4コマが有象無象の作家のそれと決定的に違っていたのは、その笑いの影に拭い難い《虚無》が大きく口を開いていたことにあった。そう、どれだけ腹を抱えて笑わせていても、いがらしのマンガは、《死》の臭いをさせていたのだ。だからこそ非モテやバカを面白おかしく描いても、いがらしのマンガには黒光りするような”凄み”があった。そして《虚無》と《死》の果てに描かれたマンガ『ぼのぼの』とは、実は《涅槃の光景》であったのだ。
そんないがらしが作品『SINK』において、ホラーを題材とした初のストーリーマンガを描いたときは、ファンとしては不思議でもなんでもなく、逆に「ようやく描いたか」という気持ちであった。そしてその作品『SINK』は、いがらしがこれまで背景として存在させていた《虚無》と《死》に、そして《不条理》に、がっぷり正面から取り組んだホラーマンガの傑作中の傑作として完成していた。読んでみ。マジ怖いから。
そのいがらしがこの短篇集『ガンジョリ』において、再びホラーを題材とした作品を作出しているのは、ファンとしても嬉しい限りである。さてそれぞれの作品を紹介してみよう。
・ガンジョリ
東北(いがらし風に言うなら”トーホグ”)の雪道に迷い込み、たどり着いた辺鄙な村で若者達を待っていた恐怖。ここでいがらしは、トーホグ・ミーツ・レザーフェイスという、誰もが考えそうで誰も描いた事の無かったウルトラCのスラッシャーホラーを生み出す。人の姿さえ見えない田舎の村でトーホグ弁で喚く不死身の仮面の男に追い回される恐怖!そして諸星大二郎あたりが好んで描きそうな、《ガンジョリ様》と呼ばれる異次元世界から現れる謎の土俗神の存在!長編として構想されていたらしいが、続きを是非読みたい!傑作。
・観音哀歌(かんのんエレジー)
とある宗教法人の経営難から取り壊しの決まった巨大観音像が、突然歩き出した!というスラップスティックコメディ。そしてその背景に描かれる田舎町の貧窮と斜陽化、その中で暮らす人々の悲哀。いがらしのシャレで描かれたと思われるTVタレントにそっくりなキャラクターが多数出演。巨大観音像が動いたからなんだっていうの?と問われればそれまでのマンガなのだが、”動く筈の無い巨大なものが動く”という前代未聞の事件の中で狂奔する人間達の姿がひどく可笑しいのだ。これ分かりやすい話だからアニメに向いていると思うなあ。誰かアニメ化しろ。
・みんなサイボー
「人間は細胞の集まりにしか過ぎない」という強迫観念に取り付かれ、まわりの人間が次第に単につぶつぶしたサイボーの寄せ集めにしか見えなくなってしまった少年のお話。DV、発狂、尊属殺人と崩壊してゆく少年の家庭を通し、廃墟化した人間性を「単なる細胞群態でしかない」と描こうとしたのだろうが、少々題材として未消化かな。ただ崩壊家庭の描写はさすがに鬼気迫るものがあった。
・ゆうた
落語界の関係者達が皆笑いながら自殺してゆく…という物語。伝染する死という部分でちょっと『リング』とかああいった風味もあるね。これも未消化な印象があるが、落語界をホラーで料理したという点が面白いと思うな。かつて4コマで狂騒的なギャグを描いていたいがらしは笑いと恐怖がどこかで繋がっていることを見抜いていたんだろう。
Sink 1 (バンブー・コミックス)

Sink 1 (バンブー・コミックス)

Sink 2 (バンブー・コミックス)

Sink 2 (バンブー・コミックス)



■かむろば村へ(1)

かむろば村へ 1 (ビッグコミックススペシャル)

かむろば村へ 1 (ビッグコミックススペシャル)

金(かね)アレルギーになり銀行をクビになった主人公が脱サラして農業を始めようとある村を訪れるが、そこには奇妙な人々が待っていた…。という物語。
”脱サラ”なんて言葉は大昔からあったが、”都会の生活に疲れたから農業”という発想がオレはどうも安直な二元論のような気がして苦手だ。都会=ダメ、田舎=正しい、なんて、実は田舎に住んだことの無い人間が考えることだろう。田舎には田舎の問題があり、都会には都会の問題がある。どちらが良いとか悪いとかいうことではない。結局、人は自分の現場で自分の出来ることをするというだけの話だ。
だがこの物語『かむろば村へ』は決して田舎礼賛の物語ではないし、都会⇔田舎の二元論で描かれたものでもない。ここで作者いがらしは、都会から移り住んできた人間の目を通して、都会の人間には分かりにくい”田舎”ならではの濃密で息苦しい部分もある人間関係、さらにその中に存在する不合理さが当たり前のように受け入れられている様を描き出す。そしてその濃密さ不合理さを否定も肯定もせず、”田舎で生きるということはこういうことだ”というエピソードを重ねてゆく。田舎がいいとか悪いとか、そんなものは相対主義に過ぎない。そこに住んでいる者にとっては、そこの流儀で生きているだけなのだ。
だが、この物語にはもう一つ、”自称:神”である老人や、ザリガニを降らす少年など、奇妙な登場人物が織り交ぜられている。これらのファンタジー的な要素がこれからどのように物語りに関わってくるかによって、物語の主題のあり方もまた違ってくるだろう。次巻に期待。