今昔物語/水木しげる

今昔物語 (アイランドコミックスPRIMO)

今昔物語 (アイランドコミックスPRIMO)

呪術幻術が横行し霊鬼異類が跳梁する京の都で、安倍晴明ら23人の平安人が遭遇する珍妙怪奇な出来事……。ジャパネスク・ファンタジーの原点『今昔物語』から23話を劇画化した、奇妙な味わいの短篇集。

水木しげる作品なのだが、今まで存在すら知らなかった作品で、しかもコンビニ本なのである。(安い紙質で単純な装丁の、漫画単行本の廉価版みたいなやつね)しかしそこは水木作品、全く侮れない良作に仕上がっている。…っていうか、水木しげるに駄作など存在しない。最近の「怪」角川書店刊)で連載している「妖怪大戦争」にしろ、常に一定のクオリティをキープするその力量は、やはり鬼才としかいいいようがない。
この今昔物語にしても、原典は勿論平安時代に編纂された説話集なのだが、こうして水木の手に掛かると、もとから水木のオリジナルだったのではないかと思わせるような作風に仕上がっているのだ。漫画化にあたって水木的な解釈を代入する事によって、12世紀の社会で暮らす人々の生への眼差しが、現代でも十分理解可能で読み物として面白いものへと昇華されている。逆に言えば、水木のあとがきにあるように、「今も昔も変わらない人間の姿」がそこのあるのかもしれない。
例えば、それぞれの物語を見るならば、水木お得意の怪異譚・幻想譚が主であるとしても、それが恐怖や不安に結びつくものもあれば、滑稽や艶笑へと結びつくもの、また、12世紀の人々の死生観が現れたものなど、ある意味かの時代に暮らしていたであろう人々の欲望や願いをダイレクトに伝えるものが多いのだ。いや、そもそも取っ付きにくい古典を、このように普遍的な人々の生々しい物語として現代に息吹きを与える事が出来ることこそ、水木という漫画家の天才たるゆえんなのかもしれない。
なんとなれば怪異や幻想とは、人々の自らの生の在り方の不確定さ、認識を超えた超自然への畏敬、死というものの不条理さ、それらをひっくるめた生きる事のはかなさを認識する事から生まれる物語であるのだと思う。だからこそ水木の描くマンガには深い人間への洞察がある訳だし、また、他に怪異譚を描く数多の作家の方々の作品にしても、その主題にはやはり人間の人間たらしめているものへの深い洞察があるのではないだろうか。
そしてまた、この水木版今昔物語ではエロティックな物語が思ったより多い。水木の読者サービスとして捉えてもいいんだけど、これはかの時代に、この物語が、ある意味ちょっとしたポルノとして読まれていた側面もあったやもしれない、と見るのは間違いかなあ。古代でも現代でも、人の欲望とする事には変わりはないわけだし。あの頃多分庶民にも読まれていただろう物語が、こんな風にベタな人間の本質に触れた物語であった、と知る事が出来る事自体、「今昔物語集」という名の古典が時代を超えても色褪せない物語だという発見そのものが、このマンガ集の画期的なことなのかもしれない。