水木しげる貸本名作選・短編名作選

水木しげる 怪異 貸本・短編名作選 墓の町 (ホーム社漫画文庫) (HMB M 6-4)


水木しげるの貸本・短編名作選。かつて水木は貸本漫画家として生計を立てていた時期があったが、あまり実入りはよくなかったらしく、この短編集でも赤貧を嘆く作品がちらほらあったりする。太平洋戦争に出征し沢山の死を目の当たりにして、人の命の儚さ運命の残酷さを体験した水木が、帰還後もさらに続く貧しい生活を通してある種の虚無感を抱えていただろう事は想像に難くない。
水木はその虚無感を抗えない不気味な運命や人知の及ばない奇怪な力の働きとして描くが、同時に、この現実を否定し遙かな異境、幻想的な異世界へと至る夢想をも持ち得たことも確かだろう。水木の描く何一つ希望の無い虚無的な物語が、何故かのほほんとした愛嬌のある絵で描かれているのはそのせいなのかもしれない。ない交ぜになったペシミズムとオプティミズムの奇妙なアンビバレンツ、それが水木漫画の味わい深さの本質なのだろう。
この貸本・短編名作選では古いものだと昭和30年代中頃のものから収録されている。もはや描かれて半世紀も経とうかという漫画作品もあるということだ。作品の幾つかは作画も物語もかなり乱れたものが見られ、そのへんは時代だと思って割り引いて読んでいただくしかないが、逆にべっとりと黒く塗りつぶされた描線から、その時代の暗さ遣る瀬無さを感じることは十分に出来る。ある種コレクターズ・アイテムといったほうがよい作品集ではあるが、水木の持つ幻想性はどの作品でも遺憾なく発揮され、読んでいて決して退屈することはない。