山へ行く / 萩尾望都

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

山へ行く (flowers comicsシリーズここではない・どこか 1)

オレが高校生の時分、クラブ活動といえば映画研究会なんぞに入っており、オレが部長になって会誌を作ったりしていた。部員は10数人いたけどその会誌は殆どオレの文章ばかりで、どうもあの頃からしょうもない文章を垂れ流す悪癖があったのだなあ、と今更ながらに思う。(あと文芸部にいて詩書いてましたよギャハハッ!)その映画研究会の部室は新聞部と文芸部と漫画研究会とが一つの部室を兼用して使っており、放課後はいろんな人間が出入りして実に楽しかった思い出がある。その中の漫画研究会は女子ばかりで、クラブ発表の時に公開される彼女らのマンガは全員「やおい系」だったという凄まじいものであった。そしてその彼女らとマンガの話を始めると、決まって萩尾望都の名前が出され、「ポーの一族」あたりをしつこく薦められた。萩尾望都は確か短編「11人いる!」あたりで知っていたと思うが、やおいな連中に薦められるマンガなんぞ読めねえ、と、今に至るまで萩尾望都の代表作である「ポーの一族」は読んでいない。それでも、何作かの長編SFマンガは気に入って読んでおり、一目置いている漫画家であるのは確かだ。ちなみに彼女のマンガで一番好きなのは《銀の三角 (白泉社文庫)》である。
萩尾望都の最新短編集《山へ行く》はまず冒頭のタイトル作《山へ行く》がいい。今日は山へ行こうと、心に決めた主人公だったが、あれやこれや邪魔ばかり入ってなかなか山に行く事が出来ない…とただそれだけの話なのだけれど、ベテラン作家の筆致がそれをあたかも文学小説のようにまとめている。円熟の一作ということが出来るだろう。その他の作品も日常生活にちょっとだけ入り込む不思議な世界を描いているが、共通するのは非常に生活感溢れた描写だろう。萩尾望都作品にこのような生活感のイメージは無かったので、多少驚いた。ただどうしても萩尾望都独特のギリシャ彫刻のような登場人物たちの顔が浮いている様に見えるのは致し方ないか。そして圧巻だったのがラストの『柳の木』である。萩尾望都が作家として持つ作品テーマというのは「完膚無き”虚無”とそれに抗う人々とのドラマ」というものだと思っているのだが、この短編では死という虚無に愛でもって抗う美しく切ない感動作に仕上がっている。萩尾はそれを確信に満ちた恐るべき力量で描く。淡々とした描写の最後に爆発する愛惜に満ちた情念。名作である。