■狼の口(ヴォルフスムント)(1)〜(3) / 久慈光久
14世紀初頭、アルプス地方に位置した森林同盟三邦(現在のスイス)は、権益を狙うハプスブルク家により占領され、過酷なる圧政に苦しんでいた。民衆は山脈に囲まれた"陸の孤島"と呼ばれるこの地に文字通り閉じ込められ、イタリアへと通じるザンクト=ゴットハルト峠には密航を企てたものを情け容赦無く処刑する関所、『狼の口(ヴォルフスムント)』が設けられていた。物語は、この『狼の口(ヴォルフスムント)』を中心に、関所を守る狡猾冷酷な代官ヴォルラムと、自由とハプスブルク家への復讐を誓う民衆との、血で血を洗う反目の抗争を描いたものである。物語はほぼ読み切りの章立てで描かれているが、もう、どの章でも、自由を求め関所を抜けようとする者たちが、次から次へと処刑場の露と消えてゆくのだ。関所破りを企てるもの達はあの手この手の策を弄するけれども、鬼代官ヴィルラムは冷徹な目で見破り、笑みさえ浮かべながら処刑を命ずる。このヴォルラムが物凄く穏やかな優男の顔つきで描かれているため、逆に薄気味悪さが一層増す。そして関所破りを企てる者たちはそれぞれが止むに止まれぬ事情を持つ者であったり、暴虐なる圧制を退けるために命を賭けて関所の彼方の反乱分子に連絡を取ろうとする者であったりして、否応無しに感情移入してしまうような人たちばかりなのだ。にも拘らずその誰も彼もが章の終わりには必ず正体を見破られ殺され、惨たらしい死体が見せしめとして晒される。そんな章ばかり続くので正直1、2巻は読んでいて段々気が滅入って来るのだが、3巻目に入ってようやく反逆の狼煙が上がり始め、にっくきヴォルラムとハプスブルク家への逆襲が開始されるのである。それでもやっぱり反乱分子たちは次々に死ぬ、もう屍だらけといっていいぐらい死ぬ、この無情さ、ひたすら突き放したドラマ展開がいい。こういった、圧政の下で名も無き民草が無念を胸に闇から闇へと葬られてゆき、その怨念と憎悪が反逆の炎となって燃える様はどこかかつての白土三平漫画を思い出してしまった。そういえば登場人物たちも、いわゆる"一芸の武術"に秀でた者たちであり、その個性の有様もどこか白土忍者に似ていなくもない。
■ディザインド(1)、セツ (1)(2) / 木葉功一
『キリコ』『クリオの男』など、情念の塊となった者たちのマジック・リアリズム的バイオレンス・ドラマを描き続けた漫画家・木葉功一、しばらく活動の噂を聞かなかったと思っていたら自分が見逃していただけで、きちんと雑誌連載して単行本を出していた。『ディザインド』はフリーランスのカメラマン・虎髪明が不死身とも言うべき体力と不屈の意思で社会の裏側に巣食う闇にカメラのメスを入れる、という作品だ。虎髪はゴリラの肉体と狼の感性を併せ持った動物的な男であり、社会の正義を貫くというよりは金の為に誰もが尻込みするようなスクープに食らい付く。この虎髪に撮影依頼を出す報道番組プロデューサー・鷲頭の、スクープにヒルのように食いつく冷徹な態度が、物語を一層クールなものにしてゆく。この第1巻では序章に銃を持った男たちによる病院占拠事件を配し、次の章では事情を知る者が偽装殺人により次々と命を落とす、政府の不正金融事件を追う。誰もが報道しようとしない魑魅魍魎の蠢く世界にカメラという武器でもって切り込んでゆく虎髪のその姿は、英雄というよりもむしろ鬼神のようですらあり、それは木葉功一がこれまで描いてきた男たちと共通するものだ。木場の描く主人公には、生身の人間の肉体を超えたどこか超自然の匂いがする、それが木場作品を独特のものとしている。
そしてこれも現在雑誌連載中の漫画『セツ』。しかしこの『セツ』の主人公はこれまでの木場作品を裏切るかのような明朗天然な体育会系少女が主人公となる。主人公・セツは世界陸上金メダリスト。彼女はある事件をきっかけに刑事になるが、行動が破天荒過ぎていつも警官の職務の枠内を越えて犯人を追ってしまう。いや、こういった"はみ出し刑事"の物語はゴマンとあるのだが、木場のユニークな部分は主人公セツが、ただ社会の正義や道理の為に犯罪を追うのではなく、論理や理性を飛び越えた、自らの肉体と魂の裡にある動物的なインスピレーションを源として犯罪者の心情によりそっていってしまう、という部分だ。結果的にセツは犯罪者を挙げることとなるが、理性の枠組みから外れた者同士として、セツと犯罪者は実は表裏一体の存在であるということが、物語を追うにつれ描かれてゆくのだ。しかしその表裏一体であるセツと犯罪者を決定的に分かつものは何か、というと、それは、セツの、曇りのない清浄さ、皮膚感覚での健康さなのだろう。木場の描く物語には常に獣の如き非理性と霊感がその根幹にあるが、この『セツ』と『ディザインド』を併せて読むと、その非理性と霊感を男女二つの性で描き分けた作品のようにも読めた。つまり、一見木場作品らしくなく見えながら、やはり『セツ』も木場ならではの作品だったのだ。
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