■第九軍団のワシ (監督:ケヴィン・マクドナルド 2011年イギリス・アメリカ映画)
西暦140年、神聖ローマ帝国統治下にあるブリタニア(現在のイングランド)を舞台にした歴史ミステリ・アクション映画です。主人公は新任軍隊長として境界線警護の任に就いたローマ軍人マーカス・アクイラ(チャニング・テイタム)。その彼の父は20年前、「第九軍団」と呼ばれる5000人の軍団を率いたままブリタニア辺境の地で忽然と消息を絶っており、その時ローマ帝国の旗印ともいうべき【黄金の鷲の像】を失い、それによりマーカスの家名は失墜し、彼は父の失踪と共にそのことを大きな心の傷として抱えています。
物語は、マーカスが失われた【黄金の鷲の像】を取り戻すべく、蛮族の闊歩する荒野のブリタニア北部へと隠密潜入し、その地で出会ったものを描いてゆきます。映画冒頭からマーカス率いるローマ軍と、ローマ侵略を善しとしないブリタニア部族軍との血飛沫切り株乱れ飛ぶ熾烈な戦闘が描かれ、「特に大きな宣伝も無い単館ロードショー作品だし割と地味目の映画なのかな」と思って観ていた自分はすっかり度肝を抜かれて映画への期待度が一気に高まりました。ここで勇猛果敢に敵を打ち破るマーカスの姿は、冒頭から彼の人となりを存分に説明し、観るものに強く印象付ける事でしょう。
この映画のもう一つの見所はマーカスとブリタニア人奴隷エスカ(ジェイミー・ベル)との奇妙な友情です。エスカは闘技場で命を奪われようとしていたところをマーカスに救われ、マーカスの奴隷になります。エスカはかつてブリタニア人兵士としてローマ軍と戦い、家族を皆殺しにされた男です。本来ならローマ軍人など憎き仇であるところを、命を救われたという恩から、マーカスに忠義を誓います。そしてこのエスカとマーカスがたった二人で【黄金の鷲の像】を求めて旅立つのです。しかしいくら忠義を誓ったとはいえ、彼らの赴くのはブリタニア人の支配する土地。ブリタニア人であるエスカがいつ寝返るとも限りません。物語はそんな緊張感を孕みながら進んでゆきます。
当時、ブリタニアを支配しながらもブリタニア人の反乱に悩まされていたローマ帝国は、イングランド北部、現在のスコットランドとの境界線に【ハドリアヌスの長城】というものを築きます。これは118kmにも及ぶ長城で、この長城がブリタニアにおけるローマ帝国征服の北限になるわけです。言うなればこの長城は、当時の"(ローマ帝国の支配する)文明社会"の境界線であり、そこから向こうは、文明果つる未踏の荒野がどこまでも続くんです。このイングランドの寒々しい荒野の情景が実に荒々しく、そして美しい。そこはまさに"この世の果ての地"です。そこにはブリタニア人部族の貧しい集落が点々と存在し、マーカスとエスカはブリタニア人の襲撃を度々受けるのです。
"ある任務"を帯びて闇の国の奥へと苦難の旅を続けるマーカスとエスカの姿は、あたかも『指輪物語』のフロドとサムに似ていないこともありません。そして文明ということわりの通用しない未開の地を目的地へとひたすら分け入ってゆくその物語は、『地獄の黙示録』さえも髣髴させます。マーカスとエスカが出会い、そしてこの物語の大きな鍵となるブリタニアの部族、「アザラシ族」は体中に白い灰のようなものを塗りたくり、毛皮と動物の骨の装飾品をまとい、モヒカンのような頭をした"蛮族"です。紀元1世紀前後のイングランド原住民がこのような姿で描かれている、というのが実にショッキングでした。
紀元1世紀前後のブリタニア人というのは未だ狩猟採集生活を営む部族社会なんです。その貧しく原始的な生活や見てくれは当時既に文明化されていたローマ人と比べるとまさに"蛮族"です。勿論"蛮族"という表現は征服者であるローマ人の視点から見た言葉であり、ブリタニア人はローマが侵攻してくるまで彼らなりの生活と文化を持ち、部族間の衝突も当然あったでしょうから平和に暮らしていたとは言えないにしろ彼らなりの自決権を持って生活していたのでしょう。ですから当時のローマ人と比べて文化成熟度や資源や武器がより劣勢であったブリタニア人をそれをもってして"蛮族"と単純に言い切ってしまうのは大きな間違いですが、当時ローマ帝国とブリタニアにどのような衝突があり、そしてどのような文明の差異が存在したのか、ということをビジュアルと物語で観ることができる、という意味で、この映画は非常に好奇心をそそる作品でした。
消え去った【黄金の鷲の像】と5000人の軍隊の謎やマーカスとエスカの友情の行方は映画に最後まで興味を持たせ、さらにクライマックスの大規模な戦闘も、血湧き肉躍る凄まじいスペクタクルを見せ、娯楽性も十分に高い良作映画でしたね。
■『第九軍団のワシ』 予告編
- 作者: ローズマリサトクリフ,C.ウォルターホッジス,Rosemary Sutcliff,猪熊葉子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2007/04/17
- メディア: 単行本
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