池澤夏樹個人編集による『短篇コレクション I』は凄まじく素晴らしい文学短篇集だった。

■短篇コレクションI (池澤夏樹個人編集:世界文学全集 第3集)

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

■濃厚で重量級の世界文学短篇コレクション

ドスッ!ボカッ!ザスッ!・・・・・・これらは池澤夏樹個人編集:世界文学全集第3集『短篇コレクション I』を読んでいたオレの、心が打ちのめされていた時の音である。この『短篇コレクション I』には20編の短篇文学作品が収録されているが、その殆どどれもが、「文学の力」を思い知らされるような、濃厚で重量級、シリアスかつ胸に迫る物語ばかりだったのだ。

池澤夏樹個人編集:世界文学全集」は全30巻からなる全集だが、その中で短篇を中心に編集した本はこの『短篇コレクション I』、そして『II』が刊行されている。オレは読む本と言えばSFやミステリのエンタメ中心で、文学にはあまり縁がない人間なのだが、この『短篇コレクション』は何かのきっかけでふらふらと購入していたのだ。

この『短篇コレクション I』に収録されているのは「ヨーロッパ圏を除く」世界各国の短篇文学作品だ(ヨーロッパ圏のものは『II』に収録されているようだ)。そのセレクトは恐ろしく幅広く、よくここまで探し、読み込み、選んだものだな、と感嘆させられる。そしてただ世界各国の短篇文学作品を集めたのではなく、その中でもさらに選りすぐった、「これしかない」と思わせるような、まさに”珠玉”の作品ばかりが並んでいるのだ。

オレの読書はお気楽なエンタメ中心なものばかりではあるが、この『短篇コレクション I』を読むに付け、その1作1作ごとに「文学スゲエ・・・・・・」と溜息を付くほどに感嘆させられてしまった。大げさに言うなら、オレの小説というものの概念が、180度とは言わないまでも、10度か15度くらい変わってしまうぐらいに衝撃だった(いや「この程度で?」とか言わんといてください、もともとがエンタメ中心な人なんだから)。いやあ、文学スゲエわ。どの短篇であろうとも、それを読み終わるごとに、この作者の作品をもっと読みたい!と興奮しながら思ってしまったもの。

「濃厚で重量級」とは書いたが、決して物語がくどく重苦しく晦渋であるといった意味ではない。むしろどれも恐ろしく読み易く容易く作品世界に入っていけ、そして気付くとすっかりその世界に取り込まれている自分に気付くのだ。これはお話の内容だけではなく、「短篇文学」ならではのストーリーテリングのあり方、その技巧に極めて精通した作家だからこそできるものなのだろう。つまり、「読ませる」のだ。

このようなハイレベルな作品を20編、無駄も隙も無く1冊の書籍にまとめることの手腕にもまた驚かされる。さらに1篇1篇の冒頭に池澤氏による短い紹介文が入っていてなおさら作品世界に入っていき易くさせている。作品の最後にまとめられた著者略歴や代表作も簡潔にまとめられ作者理解の手助けになる。いやあ、至れり尽くせりじゃないか。最高のアンソロジストによる、最高の短篇コレクション。これは広く誰にでも強烈にお薦めしたい。

■それぞれの作品をざっくり紹介してみる

全部で20作もあるのでそれを全部紹介していたらキリがないのだが、どれもとても素晴らしかったのでここはあえてそれをやってしまおう。それぞれの国別の来歴も付け加えたのでセレクトの幅広さを感じてほしい。

まず初っ端からフリオ・コルタサル「南部高速道路」オクタビオ・パス「波との生活」フアン・ルルフォ「タルパ」というラテンアメリカ文学名作短篇の連打で横っ面を張り飛ばされる。バーナード・マラマッド「白痴が先」はロシア系移民作家のもの、上海租界を舞台にした張愛玲「色、戒」は映画『ラスト、コーション』の原作ともなった息詰まる中華文学。ユースフ・イドリース「肉の家」はエジプト作家による息苦しくなってくるような情欲作、そしてそこにSF作家P.K.ディック「小さな黒い箱」が投入されて一気に佳境に入るが、更にこの作品、『ブレードランナー』原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の元となった短篇作品なのだ。

チヌア・アチェベ「呪い卵」はナイジェリア作家の作品、続く金達寿「朴達の裁判」は韓国人作家によるものだが、なんとそもそもが日本語で書かれた作品なのだ!その後のジョン・バース「夜の海の旅」ドナルド・バーセルミ「ジョーカー最大の勝利」アメリカ作家によるポストモダン小説だか実はこのアンソロジーで一番つまらない。しかし続く女性アフロアメリカン作家トニ・モリスン「レシタティフ─叙唱」は女性二人のなにげない心の行き違いを描くだけなのに、壮絶に読ませる!これ素晴らしいよ!これが文学ってもんだよ!同じくアメリカ人作家リチャード・ブローティガン「サン・フランシスコYMCA讃歌」はこのアンソロジーのちょっとした息抜きといった掌編。

さあ後半戦だ。パレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニー「ラムレの証言」はその遣り切れなさとこの状況が未だにパレスチナで存在することに心胆寒からしめる作品、そしてカナダ人作家アリステア・マクラウド「冬の犬」は犬好き必読の感涙作、好きだ好きだマクラウドアメリカ人作家レイモンド・カーヴァー「ささやかだけど、役にたつこと」はじわじわと真綿で首を絞めるような深刻な展開の果てに待つある結末、いやあこのストーリーテリングには脱帽させられた!帽子被ってないけど!ブラボー!ちなみに村上春樹訳。『侍女の物語』で知られるカナダ人作家マーガレット・アトウッド「ダンシング・ガールズ」は都市生活の孤独を描き、中国人作家高行健「母」はタイトル通り母の思い出を語るがちょっとウェットすぎるかな。シリア人作家ガーダ・アル=サンマーン「猫の首を刎ねる」はアラブ圏における女性蔑視の古い因習と新しい世界における男女平等の気風の狭間で引き裂かれる一人の男の葛藤を描き、これは世界中に遍在するジェンダー問題へと繋がっていて非常に読ませる作品だ。そしてラスト、目取真俊「面影と連れて」。これは沖縄出身作家によるものだが、「琉球マジックリアリズム」とも呼ぶべき凄まじい幻視と哀惜極まりない物語展開を迎え、読んだ者の心をいつまでも掻き毟る名作だろう。

《収録作》
フリオ・コルタサル「南部高速道路」
オクタビオ・パス「波との生活」
バーナード・マラマッド「白痴が先」
フアン・ルルフォ「タルパ」
張愛玲「色、戒」
ユースフ・イドリース「肉の家」
P.K.ディック「小さな黒い箱」
チヌア・アチェベ「呪い卵」
金達寿「朴達の裁判」
ジョン・バース「夜の海の旅」
ドナルド・バーセルミ「ジョーカー最大の勝利」
トニ・モリスン「レシタティフ─叙唱」
リチャード・ブローティガン「サン・フランシスコYMCA讃歌」
ガッサーン・カナファーニー「ラムレの証言」
アリステア・マクラウド「冬の犬」
レイモンド・カーヴァー「ささやかだけど、役にたつこと」
マーガレット・アトウッド「ダンシング・ガールズ」
高行健「母」
ガーダ・アル=サンマーン「猫の首を刎ねる」
目取真俊「面影と連れて」

 

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)