歯医者の話

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■歯医者に通っていた

結構何年も歯医者に通っている。いや、歯医者の家に夜な夜な押しかけ無理矢理侵入しようとして警察まで呼ばれる阿鼻叫喚の騒ぎになっているとかそういうのではなく、要するに歯科医院に通っているということである。ここは会話でよく使われる歯科医院に通っているという意味の「歯医者に行く」だと素直に受け止めてもらいたい。

歯が悪いから歯医者に行くのだが、虫歯という事でもない。実の所56歳になる今現在、虫歯らしい虫歯はかろうじて無い。しかし子供の頃に相当虫歯になっており、これは20代ぐらいまでにだいたい治療したのだが、差し歯にした歯や抜歯した歯が結構あるのだ。で、この差し歯というヤツがたまに取れることがあり、その復旧と併せて口腔メンテナンスということで1年か2年に一度歯医者に通う羽目になるのである。

■虫歯塗れの人生だった

ところで虫歯ができる、なんてのは殆ど親の教育、要するに親が子供にきちんと歯磨きを習慣付けることを怠ったからに過ぎないだろう。しかし、今では歯磨きの習慣付けなんて常識中の常識ではあろうが、オレがガキだった40年50年近く前は割と親もほっぽらかしだったのか、虫歯の子供(同級生)は結構いた。中学生の頃でも前歯が金歯の冠をしていた女の子までいた。その子のあだ名はもちろん金歯だった。若くして口中金歯銀歯だらけの先生もいた。

オレは前歯が差し歯なのだが、これなんかも中学生の頃に治療したものだ。しかしこの差し歯、付けてからすぐ欠けてしまった。前歯の差し歯が欠けているなんてカッコ悪いものだが、当時は治療費も相当高く(1本3万円ぐらいだったと思う)、貧乏をこじらせていた親にもう一度治療させてくれとはなかなか言えず、そしてそのままずるずると治療を先延ばしにしてしまい、結局30代半ばまでオレは前歯の欠けた貧乏くさい風体の男だった。好きな女の子ができても欠けた前歯が恥ずかしくてなかなか声を掛けられなかった。だったらさっさと治療しろよ、というだけの話なのだが、一度億劫になってしまった事にはなかなか腰が重いというのがあの頃からのオレの致命的な欠点だった。

でまあなにしろ今現在は虫歯らしい虫歯は無いのだが、年を取ってくると今度は歯槽膿漏と歯茎の老化が発症するのだ(辛気臭い話でスマン)。歯槽膿漏はブラッシングでほぼほぼ防げるものなのだが、一回20秒足らずで歯磨きを済ませてるようなことばかりしていたのと、酒飲んじゃうと結構な確率で夜の歯磨きを疎かにしてしまうというのが合わさって、歯茎が腫れたり奥歯がグラグラしてきたりなどということが最近よくあるようになってきたのだ。さらに歯茎の老化、これは年を取って歯茎が下がってくる現象で、知覚過敏や歯茎が歯を支えきれなくなってくることが起こってしまうのだ。いやあ、ホント年って取りたくないもんっすねェ……。

■10年近くお世話になっている歯医者だった

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というわけで歯医者の話に戻る。これまで書いたような理由でオレは1年に一度ぐらい歯医者に通う羽目になるのだが、今通っている歯医者は、ひょっとしたら10年近くお世話になっている歯医者なのだ。

1回の歯のトラブルで通院は週1だとしても1ヶ月から1ヶ月半ぐらい通うことになる。一度は半年ぐらい通ったこともあった。こうなると歯医者に通うのが日課ならぬ週課である。歯医者即ち日常であり、もはや生活の一部である。前置きが相当長くなったが、そんな大変お世話になっている歯医者について今回は書きたかったのだ。

①歯医者に行くと眠くなる

歯医者に行くとまず施術椅子に座らされ、いざ治療となると椅子の背もたれが倒されいよいよ治療となる。この時大抵の方はどんな事を思うのだろうか。痛いのは嫌だなあとか痛いのは怖いよなあとかそんな事だろうか。まあオレも若干緊張こそするが、背もたれが倒された段階で眠くなるのである。なぜなら何もやることが無いし何もする必要がないからだ。ただ歯医者に全てを委ね、「お口開けてください」「楽にして下さい」「うがいをしてください」などの指示に粛々と従うだけなのである。何も考えなくていい。日々の生活の中で、ここまで他人に全権委任して自分を空っぽにすることなどそうそうない。こうして思いっきり楽になったオレは、歯医者の椅子で果てしなく眠くなるのある。確かに治療の緊張はあるが、この緊張がまた眠気を誘うのだ。

②お医者さんの顔を全く知らない

歯医者の担当医の方はずっと一緒である。しかし、なんと、10年近く通ってお世話になっている担当医の方なのに、オレはこの人の顔を全く知らないのだ。なぜか。歯医者での治療は椅子に座らされ治療を受けるが、この時、歯科衛生士なり歯科医なりの方は、全て椅子の後ろから(つまり倒された椅子の頭の側から)治療するのである。要するに誰とも真正面から対峙したことが一切無いのである。さらに治療中は歯科医の方はマスクをしてるし一方オレは目をつぶってるか顔にタオルを掛けられている。これでは担当医の顔を見る事も知る事もできない。ただ、「結構眉毛の濃いい人(男性)」というだけしか分からない(マスクしてるから)。歯科衛生士の何人かの女性についても、同じ理由でまるで顔を知らない。この歯医者で知っているのは受付のお姉さんの顔だけである。この「10年近く通って誰の顔も知らない」というのがなんだか不思議で堪らない。

③歯医者で遭遇したある事件

歯医者に行ったらハンガーの角におもいっきり頭をぶつけ、額から流血してしまう、という騒ぎを起こしたことがあった。歯医者で頭を怪我するなんて人類の歴史が始まってから数例あったかどうかという椿事である。そもそも歯医者に行って頭の傷の手当されてるって、どうなのよオレ。詳しくは以前書いたこちらをお読みになっていただければ。 

その後日談。この日は歯の治療の最終日だったため、その後しばらくこの歯医者には行ってなかったのだが、1年か後ぐらいに再び差し歯の具合が悪くなったか何かして再訪することになった。でもその時も病院の誰かに額の怪我はいかがでしたかぐらいは言われたような気がする。そして施術室に入ると、くだんのハンガーラックに下げられていたハンガーは、以前は高級感のある金属製だったものが、安っぽいプラスチックのものに替えられていた。あれから病院なりに対策を施したのだろう。そしてまたそれを見るにつけ、申し訳ないことしたなあ、という気持ちで一杯になってしまった。今でもその病院に行き、プラスチックのハンガーを見るにつけ、あの日の事を思い出してしまう。だが同時に、病院の方には申し訳なかったけど、実にオレらしいネタではあるよなあ、と、なんとなく苦笑いしてしまうオレなのだった。