幽霊屋敷ホラーの古典的名作、シャーリイ・ジャクスンの『丘の屋敷』を読んだ

丘の屋敷 /シャーリイ・ジャクスン (著), 渡辺 庸子 (翻訳)

丘の屋敷 (創元推理文庫 F シ 5-1)

幽霊屋敷と噂される〈丘の屋敷〉。心霊学者モンタギュー博士は三人の協力者を呼び集め、調査を開始した。迷宮のように入り組み、彼らの眼前に怪異を繰り広げる〈屋敷〉。そして、一冊の手稿がその秘められた過去を語りはじめるとき、何が起きるのか? スティーヴン・キング『シャイニング』に影響を与えた古典的名作、待望の新訳決定版。

心霊学者と3人の協力者が訪れた〈丘の屋敷〉には恐るべき怪異が起こると噂されていた—―。怪奇小説『丘の屋敷』は幽霊屋敷テーマの古典中の古典と呼ばれており、『ヘルハウス』というタイトルで映画化もされたリチャード・マシスンの『地獄の家』、そして同じく映画化もされているスティーヴン・キングの傑作モダンホラー『シャイニング』にも影響を与えた作品である。

作者となるアメリカの作家、シャーリイ・ジャクスン(1916-1965)はホラー短編の金字塔『くじ』や長編『ずっとお城で暮らしている』の作者でもあり、ホラー小説界の「魔女」とまで呼ばれている存在だ。ジャクスンは日常と非日常の境界、日常生活の中の人間心理の異質さを描く作風で知られている。

この『丘の屋敷』はかつて『山荘奇譚』『たたり』のタイトルで訳出されていたものの新訳で、ロバート・ワイズ監督作『たたり』、ヤン・デ・ボン監督作『ホーンティング』、マイク・フラナガン監督によるTVドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』という映像化作品がある。

物語が始まると幽霊にまつわる不気味な噂の立つ古い屋敷、それに調査に乗り出す心霊学者が登場し、一見よくあるような幽霊屋敷ホラーだな、と思わせる。しかし学者に呼び集められた協力者の一人、主人公のエレーナが登場する段になってじんわりと不快感を感じさせ始めるのだ。なぜならこのエレーナ、読んでいて微妙に神経に触る女なのだ。

いつも夢見がちで益体もない妄想を膨らませるのを好むこの女は、他人とのなにげない会話ひとつにしても常に下種の勘繰りを差し挟み、表面上は取り繕いながらも心の中はいつも罵声と疑念の嵐だ。他者への共感能力に乏しく、捻じ曲がった見方しかできないがゆえに周囲に溶け込むことができず浮いてしまっているが、それに対して一方的な被害者意識を抱えている。劣等感が強く自己評価が低く、そういった人間特有の意固地で頑なで容易く人を信用できない側面を持ち、これらネガティヴな性向が二重三重に自縄自縛しているのだ。一言で言うと、クソウザい。

このクソウザい女が他の登場人物たちと怪奇現象に遭うのだが、なにしろ性格が捻じ曲がっているので怪奇現象に出遭っても他の者に伝えず、逆に彼女たった一人が怪奇現象に遭うと基本がコミュ障なので他の者に伝わらない。さらに根っからの孤独癖と人間嫌いから、次第に怪異の満ち溢れた屋敷に安寧を覚え始めるのである。こうして、ただでさえ幽霊だ怪奇現象だでややこしくなっている屋敷が、さらにややこしくなってゆくのだ。そしてこのややこしさが、単なる幽霊屋敷譚にとどまらない異様さを生み出しているのだ。

こういったプロットを見ると、この作品がいかに『シャイニング』に影響を与えたかがよく理解できる。最初から怪異に満ちた屋敷に、心に脆弱なものを抱えた人間が訪れ、次第に屋敷に取り込まれてゆくというプロットはまさに『シャイニング』ではないか。主人公の歪んだ心象が異様な怪奇現象と相乗効果を生み、蟻地獄に捕われた蟻のようにじわじわと悪夢的世界へと読む者を取り込んでゆくのだ。きっと作者シャーリイ・ジャクスンは相当に意地の悪い部分を持った作家だったのだと思う。この意地の悪さが徹底的に主人公を突き放し、冷たく残酷な物語を完成させているのだ。