『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』を読んだ。

穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート / ケリー・リンクジョイス・キャロル・オーツ(他)、エレン・ダトロウ(編)、渡辺庸子、市田泉 他(訳)

穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート (創元推理文庫)

『丘の屋敷』『ずっとお城で暮らしてる』『処刑人』「くじ」など数々の名作を遺した鬼才シャーリイ・ジャクスン。日常に潜む不安と恐怖、目には見えない邪悪な超自然的存在との出会いや家族間の複雑な関係、人間心理の奥底に流れる悪意を鮮やかな筆致でえぐりだした彼女に敬意を表し、ケリー・リンクジョイス・キャロル・オーツジェフリー・フォード、エリザベス・ハンドら当代の錚々たる幻想文学の名手たちが書き下ろした傑作18編を収録する、珠玉のトリビュート・アンソロジー。シャーリイ・ジャクスン賞特別賞、ブラム・ストーカー賞受賞作。

怪奇小説界の”魔女”、シャーリイ・ジャクスン(1916-1965)のトリビュート・アンソロジー。オレはシャーリイ・ジャクスンは長編『丘の屋敷』と短編集『くじ』しか読んでいないのだが、今回のアンソロジーは昨年のベスト・ホラーに数え上げられており、興味が湧いたので読んでみることにした。

収録作は18篇。本書を編纂するにあたり、編者であるエレン・ダトロウはジャクスン作品の焼き直しをするのではなく、ジャクソンのエッセンスを自作に取り入れ、彼女と同等の感受性を発揮することを作家に求めたのだという。というわけでジャクソンぽい作品があるかと思えば、これってどの辺がジャクソン?と思わせる作品も並んでいる。

ジャクソン小説をあまり読んでないのに知ったようなことを書くなら、ジャクソン小説のキモとなるのはまず「家」、そして主人公(多くの場合女性)の濃厚なオブセッション、さらに下種極まりない悪意だろうか。そういった部分でみるなら確かに「ジャクスン・トリビュート」の名を冠したアンソロジーだと言える。ただ実際読んでみると、オレがジャクソン小説にそれほど思い入れのない分、「ジャクソン小説ぽくない」作品のほうが楽しめたというのが正直なところ。

面白かった作品を幾つか上げよう。まずダントツだったのはケリー・リンク「スキンダーのヴェール」。ある青年が人里離れた山小屋の番を頼まれるが、ただし幾つかの謎めいた注意事項があった。そしてその山小屋に見知らぬ者が訪れ始め……という物語。ジャンルで言うならホラーというよりもファンタジー寄りか。後半で明らかにされる「注意事項」の理由には驚かされるし、冒頭からお仕舞いまでケチのつけようがない殆ど完璧な作品だった。ケリー・リンクは短編集『スペシャリストの帽子』を読んだことがあるだけだが、要注目だな。

ジェフリー・フォード「柵の出入り口」はダークファンタジーの第一人者が描くだけあって流石によく書かれていた。家の裏手に住む老夫婦の描写ら始まって、フムフムと読んでいると突如訳の分からない荒唐無稽すぎるお話に乱調するのだ。もはや「奇妙な味」というよりも「珍品」としか言いようのない「変」さ。なんだこりゃ!?

ベンジャミン・パーシィの「鬼女」もいい。ミステリ小説のような導入部から始まったかと思うと、ある島に取材に出掛けた主人公がその島の不可思議な因習を目撃してしまうというお話へ続くのだ。島の暗く寒々しい光景と主人公の不安な心理の描かれ方が素晴らしかった。

残りの作品は、悪くないがまあまあといったのと、ちょっと中途半端じゃない?と思えた作品と、オレ雰囲気だけの考えオチ作品って苦手なんだよなあ、といった作品が幾つか並び、全体的な打率は低めに感じた。ただこれはオレの好みの問題で、どうも女性のオブセッションを描いた作品はちょっとよく分からなくてノレない、というのがある。多分ガチガチのおっさん脳をしているせいなんだろう。とはいえこればっかりは致し方なく、大変申し訳ない。

《収録作》序文(エレン・ダトロウ)(市田泉訳) /M・リッカート「弔いの鳥」(渡辺庸子訳) /エリザベス・ハンド「所有者直販物件」(市田泉訳) /ショーニン・マグワイア「深い森の中で――そこでは光が違う」(原島文世訳) /カルメン・マリア・マチャード「百マイルと一マイル」(井上知訳) /カッサンドラ・コー「穏やかな死者たち」(佐田千織訳) /ジョン・ランガン「生き物のようなもの」(渡辺庸子訳) /カレン・ヒューラー「冥銭」(井上知訳) /ベンジャミン・パーシィ「鬼女」(渡辺庸子訳) /ジョイス・キャロル・オーツ「ご自由にお持ちください」(中村融訳) /リチャード・キャドリー「パリへの旅」(新井なゆり訳) /ポール・トレンブレイ「パーティー」(原島文世訳) /スティーヴン・グレアム・ジョーンズ「精錬所への道」(原島文世訳) /ジェフリー・フォード「柵の出入り口」(谷垣暁美訳) /ジェマ・ファイルズ「苦悩の梨」(小野田和子訳) /ジョシュ・マラーマン「晩餐」(新井なゆり訳) /ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「遅かれ早かれあなたの奥さんは……」(佐田千織訳) /レアード・バロン「抜き足差し足」(小野田和子訳) /ケリー・リンク「スキンダーのヴェール」(中村融訳) /謝辞(エレン・ダトロウ)(市田泉訳)