幻想小説短編集『言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選)』を読んだ

■言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) / ジェフリー・フォード

言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)

かつて、野良仕事に駆り出される子どもたちのために用意された架空の友人、言葉人形。それはある恐ろしい出来事から廃れ、今ではこの小さな博物館にのみ名残を留めている―表題作ほか、大学都市の展望台で孤独に光の研究に励む科学者の実験台として連れてこられた少女の運命を綴る「理性の夢」、世界から見捨てられた者たちが身を寄せる幻影の王国が、王妃の死から儚く崩壊してゆく「レバラータ宮殿にて」など、世界幻想文学大賞、シャーリイ・ジャクスン賞、ネビュラ賞アメリカ探偵作家クラブ賞など数々の賞の受賞歴を誇る、現代幻想小説の巨匠の真骨頂ともいうべき十三篇を収録。

ひょっとしてオレは幻想小説好きだったんじゃないか、とふと思ったのである。この間読んだニール・ゲイマンエリック・マコーマックは実に楽しかった。耽溺した。最近SFやミステリを読んでもあんまりノレないんだが、幻想小説だとうっとりしながら読める。現実から遠く遠く離れてくれる。そういえば10代の頃、SF小説とは別に『幻想と怪奇』みたいなアンソロジー集をよく読んでいたことも思い出した。そうだ、幻想小説しよう。そう思い選んだのが今回紹介するジェフリー・フォードの短編集『言葉人形』である。

ジェフリー・フォードは1955年生まれのアメリカ人作家で、SF、ホラー、ファンタジーとその作風は多彩であり、さらに世界文学大賞、シャーリ・ジャクソン賞、ネヴュラ賞、MWA賞など数々の受賞歴を持つ才人である。とはいえオレはその名前をこれまで全く知らなかったし、今回読んだ短編集も初ジェフリー・フォードということになる。そして読んだ感想はというと、……おおお、これはこってり濃厚な幻想文学ですね……。

この『言葉人形』に収められた作品はこれまで発表されていた作者の短編集5冊の中からさらに選りすぐりの13編を日本独自編集として書籍化したものだ。それらの作品は編者の弁によると「現実的なものから幻想なものへとグラデーションをなす配列」で並べられているという。それを意識しながら読んでいると、確かに読めば読むほどにどんどんと現実感覚が遠くなり、幻想世界にどっぷり首を突っ込んでいる自分に気付かされる。

ざっくり作品を紹介しよう。冒頭「創造」は人形の友達を作った少年がその人形に命が吹き込まれたと妄想する話。これは楳図かずおの漫画に似通った作品があったがこちらはより幻想味が強い。「ファンタジー作家の助手」はタイトル通りの作品だが、この作品、独りぼっちが好きだったり本好きだったり創作好きだったりする人なら感涙にむせんでしまうような傑作短編。ここでガツンと来た。「〈熱帯〉の一夜」はかつての悪友と再会した男が聞かされる怪奇譚だが、S・キング的な展開なのにも関わらずもやもや……っと現実から遊離する感覚がいい。

「光の巨匠」からよりハードに幻想小説化してゆく。この作品では光を自在に扱う芸術家による奇妙な精神世界体験が語られる。「湖底の下で」は10代のカップルの日常的な描写が突如幽玄な幻想世界へと変転するというカタルシス。「私の分身の分身は私の分身ではありません」はドッペルゲンガーにまつわる奇妙な物語。そして表題作「言葉人形」。ここで語られる「言葉人形」というある種の呪術行為がこれまた異様で、そして起こる事件も得体の知れない悪夢のよう。

「理性の夢」は光を捕獲するという実験を繰り返す科学者によるボルヘス的な短編。「夢見る風」は「風により町の住民が夢見られる=夢になってしまう」というアクロバット的な発想のファンタジー。「珊瑚の心臓」はいよいよ欧州中世を思わす世界が舞台となり重々しいゴシック的幻想譚が展開。「マンティコアの魔法」はこれも中世を思わす世界で空想生物マンティコアと人間との確執を描く作品。そして「巨人国」。おおおおう、これって作者の妄想を自動書記的に書きまくったような、なんだか夢の中にいるかのような不条理と不思議に満ちた作品じゃないか。いいねえ。ラスト「レバターラ宮殿にて」は御伽噺的な王国を襲う魔術的な崩壊感覚たっぷりに描いてゆく。

 ジェフリー・フォードの作品を見渡してみると、ありふれた現実に突然亀裂が生じそこから雪崩れ込んできた異界の情景になにもかもが変容させられてしまう、という作風と、時間も空間も曖昧になり夢幻の如き世界で不可思議な物語の住人になってしまう、という作風が相半ばするだろうか。だから読む側も物語の行く先がまるで予想付かないまま物語世界で彷徨ってしまう。というわけで歯応えたっぷり、実に堪能させてもらった短編集だった。