ワイン作りにこだわり続ける農業生産者の矜持/バンドデシネ『ワイン知らず、マンガ知らず』

ワイン知らず、マンガ知らず/エティエンヌ・ダヴォドー (著)、大西愛子 (訳)、京藤好男 (監修)

ワイン知らず、マンガ知らず

フランス北西部のロワール地方。ワイン造りに興味を持った漫画家のエティエンヌ・ダヴォドーは、ワイン生産者のリシャール・ルロワに、一年間の密着取材を依頼する。エティエンヌがワイン造りを学ぶ代わりに、リシャールには出版界を案内するという代替案を提示。それが「相互教育」の道を拓くことになる。

なにしろオレはお酒が大好きで、だいたい毎晩飲んでいるような爛れた人生を送る人間である。メインはビール。とりあえずビールビールビール。ビール好きが高じてドイツビールやベルギービールにも手を出し、もう10年以上通っているベルギービールバーがある程だ。飲んだビールが五万本(©クレイジー・キャッツ)という訳にはいかないが、100種類弱のビールは飲んだかもしれない。

そんなオレが最近ビールをあまり飲まなくなった。ビールを飲むと胃に来るようになったのだ。寄る年波には勝てないとはこのことだ。しかしお酒は飲みたい。そんなオレが次に手を出したのがワインである。ウイスキーやジンも好きだが、そんなに多く飲むことはない。だがワインなら、心地よくずっとダラダラ飲めるのだ。ただ、飲むとは言ってもその辺のスーパーで買える1000円前後の安ワインばかりだが。だから、全く詳しいわけではない。

バンドデシネ(以下BD)『ワイン知らず、マンガ知らず』は、BD作家エティエンヌ・ダヴォドーが、フランスでワイン農家を営むリシャール・ルロワに1年間密着し、ワインの出来るまでを学ぶのと同時に、ルノワにBDの素晴らしさを伝えようとする作品である。方やワインを知らない男、方やBDを知らない男、その二人がお互いの仕事の世界を覗き見て、「モノ作りの共通点」を模索する、という物語になっている。

もともとBDが大好きで、最近ワインを飲み始めたオレにとっては、この作品はまさに渡りに船、一粒で二度美味しい作品ではないか。発売日は7月22日となっているが、矢も楯もたまらず発売元であるサウザンブックスさんにネット注文して入手(下のリンク参照)、その上質ワインの如き芳醇なBD世界を堪能できたという訳だ(試し読みもできるよ!)。

このコミックを読むオレにとって「ワイン作り」とは、作者であるダヴォドーと同様に未知の世界である。そもそもこの作品を読むまで、ワイン生産用の葡萄の木を、胸の高さぐらいの成長に抑えて収穫するケースがあることを知らなかった。葡萄というとつる植物だから、棚を作ってそこから垂れ下がる形で実を実らせているものが一般的だと思っていたのだ。もうここから「葡萄作り=ワイン作り」の固定観念が覆される。

さらに農園を経営する男、リシャール・ルロワが、ワイン生産者の中でもある意味異端とも言える、こだわりにこだわりまくった葡萄栽培を行っている点も特色だ。ルノワは「ビオ・ディナミ農法」という有機農法の中でも相当過激な方法論を用いており、これは化学肥料や除草剤を一切使わないばかりか、ワイン生産には常識的である酸化防止剤を使用しない方法を採っているのだ(「ビオ・ディナミ農法」は星の運行まで念頭に置くオカルティックな側面すらあるのらしい)。

それだけではなくルノワは、ワインの格付けを高める「アベラシオン・コントローレ=原産地統制呼称」も拒否する。「誰にも口出しされずとことん自分の納得できるワインを作る」ことにどこまでも特化した、まさに「頑固ジジイの頑固ワイン」がルノワのワインという事になるのだ。そして単に自己満足の頑固ジジイなのではなく、そのワインは常に高い水準を持ち高い評価を得ており、ルノワのこだわりが完璧に結果となって出ているのだ。

(ちなみに調べたら「酸化防止剤無添加ワインとオーガニックワインは別物」ということも知った)

化学肥料や除草剤を一切使わないこれらルノワのこだわりは、美味いワインを作るという事に収れんしたものではあるが、そこには「大地と対話する」「自然のバランスを崩さない」といった、個人農業生産者ならではの思いもあるのだろう。実のところオレは無農薬とか自然農法による農業生産物には興味がないし、ある意味酔狂だろうとしか思っていない。それよりもこの作品における、ルノワの徹底的なこだわりそのものに、そのモノ作りへの徹底的な矜持それ自体に、ぐいぐいと引き込まれてゆくものを感じた。

一方、BD作家ダヴォドーの現場を描く出版業界界隈のパートは、BD好きにはにまにましながら読める事必至だろう。知っているBD作品のタイトルや作家名もちらほら出てきて、「あれは名作だった!」とか「これ読んでない!読まなきゃ!」など、実にうきうきしながら読んでしまった。とはいえ、単にワイン生産者のドキュメンタリーだけで終わってもいいところを、あえて自らの職業と対比・整列させた部分が、この作品をユニークなものとしている。

それは「お互いの知らない世界をそれぞれに覗き見ることで各々の認識を刷新する」ということなのだろう。この作品が単に「ワイン作りドキュメンタリー」に終始していないのは、そこにダヴォドーとルノワとの人間関係、それぞれの職業への敬意、さらには友情までが加味されているからなのだ。つまりこの作品は、ドキュメンタリーであるのと同時に、ひとつの人間ドラマを形成しているのだ。素晴らしい葡萄を生育させるのと同じように、素晴らしい人間関係を育て実らすこと、BD『ワイン知らず、マンガ知らず』は、そういった「豊かさ」を描いた作品なのだ。