名状しがたいもの ラヴクラフト傑作集 / 田辺剛
田辺剛のラブクラフトコミカライズ作品群はその高い完成度においてもはや世界屈指のものと言っていいだろう。これまで多くのラブクラフト作品がコミカライズされ、『狂気の山脈にて』『ダニッチの怪』『インスマスの影』など錚々たる名作が出揃っている。そして最近では知る人ぞ知る短篇作品が増えてきたけれども、これがまたよい。今回の短篇集『名状しがたいもの』に収録されているのは「夢見人(ドリーマー)へ」「[北極星(ポラリス)」「恐ろしい老人」「霧の高みの不思議な家」「ランドルフ・カーターの陳述」「名状しがたいもの」「銀の鍵」「断章 アザトース」となるが、短篇だからこその明確なテーマの在り方が、よりラブクラフト作品の神髄に近づき理解を深めるものとなっているのだ。特にランドルフ・カーターを主人公とした数作品の背景にあるのは、作者であるラブクラフト自身の徹底的な現実忌避と現実逃避の様であり、その孤独な人生の在り様がまざまざと迫ってくるものになっている。ランドルフ・カーターがラブクラフト自身の投影であるという説は一般的らしいが、同時に、読む者が心に抱える現実逃避願望に圧倒的に迫ってくるのである。ここではないどこかに存在する自分自身の本当の姿と本当の生、それを夢幻の筆致と狂おしいまでの願望とで描き切ったのがこれらの作品なのだ。
人間一生図巻 / いがらしみきお
いがらしみきおの新刊『人間一生図巻』は、山田風太郎の『人間臨終図鑑』を平凡な一般人を主人公として描けばどうなるか?というコンセプトに描かれたショートショートである。人は生まれ死んでゆく定めであるが、その人生で世間を揺るがすわけでもなく、ただただありふれた一生を過ごしそして終える、そんな市井の人間たちのほんの小さなエピソードだけで集積された人生を描いているのだ。しかしそれがどんな小さなエピソードであろうと、いや、大小なんか関係なく、それは体験したものにとってはかけがえがなく、もしくは避けることのできなかった人生の一コマであることに間違いはないのだ。とまあこういったコンセプトの在り方は十分面白いのだが、なにしろ描くのがいがらしなのでどうもあからさま過ぎるというか露悪的過ぎて、読んでいて時折嫌な気分にさせられるのは否めない。人は誰もが排泄するが、では排泄を克明に描けばリアリズムなのかといえばそうではないだろう。その辺ちょっと企画倒れだったように思えるなあ。
ふつうのきもち / いがらしみきお
いがらしが一人の少年の心象風景を通して”「ふつうのこと」を描こう”としたショートショート作品集。ここでは小学生の男子児童の、世界がまだ言語化されず論理化もされない感覚的な光景が淡々と映し出される。しかしあらゆるものを言語化しようとしても必ず零れてしまうものがあり、こうして”小学生の気持ち”に一度立ち返ることで世界をもう一度再構成再解釈できることがあるかもしれない。というかメンドクサイことは抜きにして、一回”素”に帰るのも大事なのかもしれない。この辺りはいがらしの人気作『ぼのぼの』と相通じるアプローチの在り方だろう。それにしても最近のいがらしはどんどん”普通”に帰ろうとしているな。毒を吐きまくった過去作の反動なのかな。
貼りまわれ!こいぬ (6) / うかうか
なんだかよくわからないけれども”町のあちこちにシールを貼る”ことを目的とする謎会社に勤めるシール貼り犬を主人公としたコミック第6弾。主人公のこいぬはおっちょこちょいで頓珍漢でだいたいボーッとしていて、食い意地だけは犬並外れている粗忽犬なのだが、このこいぬがシールを貼ることで町の人々、じゃなくて犬々になんだかよくわからないけどほっこりとした幸せがもたらされる、というなんだかよくわからない作品である。というかこんなテーマで6巻まで続いているのだからある意味凄い。



